宸フように、押流されてしまいそうな、危っかしい気持を抱かせられる。この危っかしさを孕んでいるのが梅雨の雨の特徴で、芭蕉の

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さみだれを集めて早し最上川
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という句を読んで、岸を浸さんばかりの濁り水が、矢のように早く走っているのを想像して、眼が眩いそうになるまでに水の力に驚くのも、この危さの気持を感ずるからである。蕪村の

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さみだれや大河を前に家二軒
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も、またこの危さの美を外にしては味われぬ句である。いつの年でも梅雨に入ってどしゃ降りの大雨に、不安な危っかしさを抱かせられる度ごとに、私は喩えがたい一種の快感を覚えぬわけには往かない。
 幾日か降り続いた雨が、やがて降りくたびれた頃は、凡兆のいう

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この頃は小粒になりぬ五月雨
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で、長雨と大雨の憂鬱と不安とから救い出された、激情の後のぐったりした疲れから産れる明るさといったようなものが、分毎に、秒毎に度を加えて来るのもこうした時である。
 また降り続き、降り暮らした雨が、いつか夜になって人の
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