で鳴いている螻蛄《けら》のせいで、地下労働者の蚯蚓は決して歌をうたおうとしない。黙りこくってせっせと地を掘るのが彼の仕事である。
それと違って、蓑虫が歌をうたわないのは、彼がほんとうの詩人だからだ。むかしの人もいったように、ほんとうに詩を知ることの深いものは、詩を作ろうとはしないものだ。声に出して歌うと、自分の内部が痩ることを知っているものは、唯沈黙を守るより外には仕方がない。――だから蓑虫は黙っているのだ。
支那の周櫟園の父はなかなかの洒落者で、老年になってから自分のために棺を一つ作らせて、それを邸内に置いていた。天気のいい日などに酒に酔っぱらうと、
「いい気持だ。こんな気持をなくしないうちに、今日は一つ死んでのけよう。」
といいいい、ごそごそその棺のなかに潜り込んで、ぐっすり寝入ったものだ。そして眠りから覚めると、多くの孫たちを呼び集め、懐中に忍ばせておいたいろんな果物を投げてやって、孫たちがそれを争い拾うのを眺めて悦んでいたということだ。――死の家から、若い生命の伸びてゆくのを見る娯しみである。
枯っ葉でつづくった蓑虫の草庵は、やがてまたその棺であり、墓である。そのなか
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