ゥれている、この幼馴染の青瓜を思うと、私は実際気の毒でならない。

     4

 出来の悪い冬瓜の末生《うらなり》を見ると、じき思い出されるのは、風羅念仏の俳人惟然坊の頭である。この俳人は生れつき頭が柔かいので、夜寝るのに枕の堅いのが大嫌いであった。ある時師の無名庵に泊って、木枕にぐるぐる帯を巻きつけていたのを、芭蕉に見とがめられて、
「お前は頭に奢を持っている男だな。貧乏したのは、そのせいかもしれないぞ。」
と冷かされたのは名高い話だ。私は襤褸屑《ぼろくず》のように破けた葉っぱを纏った、貧乏な、頭痛持らしく額に筋を立てている青瓜を見る度に、あの蝋色の胡粉を散らした歪形《いびつがた》な頭の下に、せめて枕だけは柔かいのをあてがってやりたく思うことがよくある。

     5

 太閤記を見ると、秀吉が朝鮮征伐のために、陣を進めた九州の旅先で、異形《いぎょう》の仮装をして、瓜売になったことが載っている。広く仕切った瓜畑に、粗末な茶店など設け、太閤自ら家康、利家といったような輩と一緒に瓜商人に装って、
「瓜はどうかな。味のよい瓜を買うてたもれ。」
と声まで似せて売り歩いたものだ。すると、
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