ヘ、一緒に連立って歩かなければならなくなった。
若い男は、背には空になった水桶をかつぎ、左の手には鶏をぶら提げ、右の手には杖を持ちながら、一頭の山羊をひっぱっていた。
道が薄暗い渓合に入って来ると、女は気づかわしそうに言葉をかけた。
「わたし何だか心配でたまらなくなったわ。こんな寂しい渓合を、あなたとたった二人で連立って歩いていて、もしかあなたが力ずくで接吻でもなすったら、どうしようかしら。ほんとうに困っちまうのよ。」
「え。僕が力ずくであなたを接吻するんですって。」男は思いがけない言いがかりに、腹立ちと可笑さとのごっちゃになった表情をした。「馬鹿をいうものじゃありません。僕は御覧の通り、こんなに大きな水桶を背負って、片手には鶏をぶら提げ、片手には杖をついて、おまけに山羊をひっぱってるじゃありませんか。まるで手足を縛られたも同然の僕に、そんな真似が出来ようはずがありませんよ。」
「それあそうでしょうけれど……。」女はまだ気が容せなさそうにいった。「でも、もしかあなたが、その杖を地べたに突きさして、それに山羊を繋いで、それから背の水桶をおろして、鶏をそのなかに伏せてさえおけば、いくら
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