。に引込もうとして、二、三度手土産に面白い京人形を持って来たことがあるので、それを捜すつもりらしかったが、あいにくその人形は物吝みをしないM氏が、強請《ねだ》られるままに出入の若い女優にくれてしまっていたからそこらに影を見せなかった。
「十万堂の遊女人形は、あれは女房の代りじゃなかったんですか。」故人がかかりつけの医者で、謡曲好きのGは、痺《しびれ》が切れたらしい足を胡坐に組みかえた。「すると、Mさんには、かえって御迷惑になるかも知れませんな。」
 皆は意味あり気な眼を見交した。
 先刻から襖を開けて、押入に首を突込んだまま、そこに山のように積重ねてある書物を、あれかこれかと捜していたらしい、脚本作者のWは、そのなかから八冊ばかりの大型の和本を取出すと、
「これだ。これだ。これだったら、誰にも異存があろうはずがない。」
と、頓狂な声を立てながら、得意そうに頭の上にふりかざして、皆に見せびらかした。それは西鶴の『好色一代男』で、どの巻も、どの巻も、手持よく保存せられたと見えて、表紙にも小口にも、汚れや痛みなどの極めて少い立派な本だった。
「なるほどね。一代男とはいい思いつきだ。Mさんは夙
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