テ本道楽で、豆本の蒐集家として聞えた、禿頭の銀行家は、円っこい膝の上で、指の節をぽきぽき鳴らしながら、誰に訊くともなしにこんなことを言った。
「そうです。未完結のままで。」
「そりゃいかん。そんなものを棺に納めたら、かえって故人が妄執の種となるばかりですよ。」
銀行家は、取引先の担保にいかさまな品書きを見つけた折のように、皮肉な笑を見せた。Hはそれなり口を噤んでしまった。
「義士のものはどうだっしゃろ。Mはんの出世作は、たしか義士伝だしたな。」
故人と大の仲よしで、その作物を舞台にかけては、いつも評判をとっていた老俳優の駒十郎は、こんなことを言うのにも、台詞らしい抑揚《めりはり》を忘れなかった。
「さあ……。」
誰かが気のない返事をした。
「いけまへんやろか。」
駒十郎は、てれ隠しに袂から巻煙草を一本取出して、それを口に銜《くわ》えた。身体を動かす度に、香水の匂がぷんぷんあたりに漂った。
「可愛らしい玩具か何かないものかしら。来山の遊女《おやま》人形といったような……。」
胡麻白頭の俳人Sは、縁なしの眼鏡越しに、じろじろあたりを見廻した。自分の玩具好きから、M氏をもその方の趣
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