ヘなかった。実際大納言の誠心は身に沁みてありがたかった。その心遣いの細かさの前には、懸物を見る機会が、一年遅れようとも、二年遅れようとも、よしまた百年遅れようとも、そんなことを詮議立することは、とても恥かしくて出来なかった。
「有難き仰せには、お礼の申上げようもござりませぬ。お言葉に従いまして、この後も度々参府仕るべく、御懸物はその節あらためて拝見いたすでござりましょう。」
三斎はこう言って、虚堂の墨蹟を手にとって、丁寧に頭にいただいた。そしてそれを若狭守に返すと、急ぎ足に廊下をすたすたと彼方へ去った。
4
聞くところによれば、紀州家では今度の売立で相続税を産み出すとのことだが、虚堂禅師の墨蹟を初め、重だった書画骨董は、それぞれこうした逸話をもっていないものはないはずだから、逸話や伝説を珍重する茶人仲間では、たいした附値を見ることだろうと想像せられる。紀州家の当主は、まず何を措いても、所蔵の書画骨董にこんな逸話を添物にして残しておいてくれた、祖先頼宣に対して感謝しなければなるまい。
頼宣が老年になって、家を嫡子光貞に譲るとき、次男左京大夫には、茶入や懸物などの家康伝
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