轤セと思って間違はない。
[#改ページ]

   天下一の虚堂墨蹟

     1

 今日新聞紙を見ると、紀州徳川家では家什整理のため、四月上旬東京美術倶楽部で書画骨董の売立入札を催すはずで、出品数は三百点、大変の前景気だそうだ。呼物の主なものとして、虚堂墨蹟、馬麟寒山拾得、牧渓江天暮雪、大名物瓢箪茶入などが挙げてあった。
 虚堂墨蹟といえば、足利の初めから茶人仲間に大層珍重がられたもので、松平不昧なども秘蔵の唐物《からもの》茶入|油屋肩衝《あぶらやかたつき》に円悟墨蹟を配したのに対して、古瀬戸茶入|鎗《やり》の鞘《さや》には虚堂墨蹟を配し、参覲交代の節には二つの笈に入れ、それぞれ家来に負わせて、自分の輿側《かごわき》に随行させなければ承知しなかったものだそうだ。
 不昧の鑑識で、虚堂墨蹟に配せられた鎗の鞘の茶入は、もと京都の町人井筒屋事河井十左衛門の秘蔵で、その頃の伏見奉行小堀遠州は、京へ上るときには、いつもきまって井筒屋を訪ねて来て、
「京へ上って来る楽しみは、たった一つ鎗の鞘を見る事じゃ。」
と言って、この茶入を前に、いつまでもいつまでも見とれていたものだそうだ。そんなだったか
前へ 次へ
全242ページ中118ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
薄田 泣菫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング