オく、何一つ答えてくれなかった。新入生は胸に動悸を覚えた。
「あの鐘はよく鳴りますね。僕気に入っちゃった。」
 彼は半分がた自分に話すもののように言った。部長は何とも答えなかった。
「鐘の音が、たまらなくいいじゃありませんか。」
 新入生は泣き出しそうになって、やけに声を高めた。
「何かお話しでしたか。」部長はやっと気づいたように、今まで地べたに落していた考ぶかい視線を、若い道連れの方へさし向けた。「あの地獄の鐘めが、いやにうるさく我鳴り立てるもんだから、つい……」

     2

 名高い提琴家ミイシャ・エルマン氏が、初めて大阪に来て、中之島の中央公会堂で演奏を試みたときのことだった。ずかずかと楽屋へ訪ねて往ったある若い音楽批評家は、そこにおでこで小男の提琴家が立っているのを見ると、いきなりまずい英語で話しかけた。
「すばらしい成功ですね。ところで、どうです。この会場《ホオル》のお感じは。別に悪くはないでしょう。」
 熱心な聴衆を二千あまりも収容するこの立派な会場を持っていることは、若い批評家の土地《ところ》自慢の一つだった。彼はこの名誉ある音楽家から、それに折紙がつけてもらいたか
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