もうあきらめたらしく、黙りこくって剃刀を動かしていた。
客が帰って往った後で、そこに待合せていた男の一人が、今までそこで顔を剃らせていた客は、議院きっての雄弁家だということを話した。すると、黒ん坊は厚い唇を尖らせて、喚くようにいった。
「雄弁家だって。そんなこと知らねえでどうするものか。わしら誰よりもよくあの旦那が演説遣いだってえことを知ってるだよ。」
[#改ページ]
名前
1
劇場監督として聞えた Charles Frohman が、あるとき友人の劇作家 J. M. Barrie と連れ立って、自分の関係しているある劇場の楽屋口から入ろうとしたことがあった。
そこに立っていた門番の老人は、胡散そうな眼つきをして、先きに立った Frohman の胸を突いた。
「ここはあんた方の入る所じゃござりません。」
それを聞いた劇場監督は、すなおに頷いて後へ引き返した。
その場の様子を見た Barrie は、腑に落ちなさそうに訊いた。
「何だって君、あの爺さんに君の名前を打ち明けないんだね。」
「とんでもない。」劇場監督はびっくりしたように言った。「そんなことでもし
前へ
次へ
全242ページ中108ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
薄田 泣菫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング