むかし、支那に馮幼将という、竹の画がすぐれて上手な画家がありました。この画家がある人に頼まれて、その家の壁に得意の筆で五、六本の竹を描いたことがありました。
画が出来上ったので、作者が墨に塗れた筆をもったまま壁の前に立って、満足そうにその出来ばえを眺めていますと、だしぬけに騒々しい羽音がして、三羽五羽ばかしの雀が、その肩越しにさっと飛んで来ました。そして先を争って若竹の枝にとまろうとして、幾度か画面にぶっつかっては落ち、ぶっつかっては落ち、終いには床に落ちたまま羽ばたきもせず、不思議そうに円《まる》い頭を傾《かし》げて、じっと考え込んでいました。
また童二如という画家がありました。梅が好きで、梅を描くことにかけては、その頃の画家に誰ひとりこの人に肩を並べるものがありませんでした。
あるとき、童二如が自分の書斎の壁に梅を描きました。すると、それが冬の寒いもなかだったにもかかわらず、五、六ぴきの蜜蜂が寒そうに羽をならして飛んで来ました。そして描かれた花の上にとまって、不思議そうにそこらを嗅ぎまわっていましたが、甘い匂いといっては、ただの一しずくも吸い取ることが出来ないのを知ると、
「何だ。画にかいた花だったのか。ひとを調弄《からか》うのも大概にするがいいや。」
とぶつぶつ呟きながら、ひどく腹を立てて飛び去りました。
2
ある日のこと、画家にあざむかれた雀の小坊主と蜜蜂とは、人間に立ち聴きせられないように、わざと木深い森の中に隠れて、何がな復讐《しかえし》の手段はないものかと、ひそひそ評議をこらしていました。
「人間って奴、何だってあんなにまやかし物が作りたいんだろうな。みんな神様の真似ごとじゃないか。」
癇癪持の蜜蜂は、羽をならしながら憎々《にくにく》しそうに言いました。曩《さき》の日のことを思うと、今になってもまだ腹に据えかねるのでした。
「そうだよ。みんな神様の真似ごとさ。唯仕事がすこしばかりまずいだけなんだ。」
第一の雀が片脚をあげて、毛深いぼんのくぼの附近《あたり》を掻きながら、こんなことを言いました。
「巧くもないくせに、何だってそんなことに手出しなぞするんだろうな。」
「小《ち》っちゃな神様になりたいからなんだよ。」第三の雀が貝殻のような嘴をすぼめて、皮肉な口をききました。「現におれ達をかついだあの二人の画かきだね。あいつらはおれ達の眼をうまくくらまかしたというので、たいした評判を取り、おかげであの画は途方もない値段である富豪《かねもち》の手に買い取られたそうだ。何が幸福《しあわせ》になるんだか、人間の世の中はわからないことだらけだよ。」
「そうだとも。そうだとも。」
残りの雀は声を揃えて調子を合せました。
「ほんとうに忌々《いまいま》しいたらありゃしない。ひとの失敗《しくじり》を自分の幸福《しあわせ》にするなんて。今度出逢ったが最後、この剣でもって思いきりみなの復讐《しかえし》をしてやらなくっちゃ。」
蜜蜂は黄ろい毛だらけの尻に隠していた短剣をそっと引っこ抜いて、得意そうに皆に見せびらかしました。剣は持主が手入れを怠けたせいか、古い留針《とめばり》のように尖端《さき》が少し錆びかかっていました。
「お前。まだ分ってないんだな。画を描くことの出来る手は、また生物《いきもの》を殺すことも出来る手だってことがさ。」第一の雀は蜜蜂の態度に軽い反感をもったらしく、わざと自分の不作法を見せつけるように、枝の上から白い糞《ふん》を飛ばしました。「お前、その剣でもって人間の首筋を刺すことが出来るかも知れんが、その代り、とても生きては帰れないんだぞ。」
「じゃ、どうすればいいんだ。復讐《しかえし》もしないで黙って待っていろというのか。」
蜜蜂は腹立たしくて溜らないように叫びました。頭の触角と羽とが小刻みにぶるぶると顫えました。
「復讐《しかえし》は簡単だよ。これから人間の画かきどもが何を描こうとも、おれ達はわざと気づかないふりをして外《そ》っ方《ぽう》を向いているんだ。そうすれば、おれ達がいくらそそっかしいにしたって、以前のように騙かされようがないじゃないか。騙かされさえしなかったら、どんな高慢な画かきにしても、手前味噌の盛りようがないんだからな。」
「大きにそうかも知れんて。じゃ、そうと決めようじゃないか。」
「よかろう。忘れても人間に洩らすんじゃないよ。」
「これでやっと復讐《しかえし》が出来ようというもんだ。」
皆は吾を忘れて悦び合っていました。すると、だしぬけに程近い草のなかから、
「へっ、復讐かい。それが。おめでたく出来てるな。」
と冷笑する声が聞えました。
皆はびっくりして声のした方へ眼をやりました。日あたりのいい草の上で、今まで昼寝をしていたらしい一匹の黒猫が、起き上りざま背を円
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