ミきとりて》があるまいに、可笑しな勘違いだと思って、口もとに軽い微笑を浮べた。
「そうか、詩人か。」神様は二人の男が詩人だと聞いて、いくらか気持が更《かわ》ったらしく、急に調子を荒らげて相手の雑人を叱りつけた。「何だ。貴様たち。こちらは文字のある先生方じゃないか。下衆のくせに寄ってたかって、先生方に反抗《はむか》うなんて、恥知らず奴《め》が……。」
「滅相な。手前どもがこの旦那衆に反抗《はむか》うなんて、そんな……。」相手の一人がびっくりしたように言った。持病の喘息で生命を捨てたものらしく、言葉を急き込む度に、ぜいぜい息切れがするのが手に取るように聞えた。「そんな間違ったことはございません。喧嘩《いさかい》の種を蒔いたのはこの旦那衆です。静かに月を見ている手前どものなかへ割り込んで来るなり、鵞鳥のような声でもって、何だか、へい、訳も解らないことを、ぎゃあぎゃあ我鳴り立てなすったものだから……。」
「そんな高声で、何をまた議論し合ったのだ。」
社廟の神様は、詩人たちに訊いたらしかった。
「無論詩のことでございます。」きっぱりと返事をするのが聞えた。「その他《ほか》のことは、何一つ論ずる値打がありませんから。」
「ほう、詩のことか。詩のことなら、議論の題目として何不足はないはずだ。」神様も恋をする若い人達と同じように、詩は大の好物らしかった。「お前達も、黙って聴いていればいいじゃないか。」
「聴いてはいませんでしたが、黙ってはいました。なぜと申しまして、聴いたところで手前どもにはあまり難かしくて、とても解りようがなかったのですから。すると、この旦那衆は、黙っているのが気に喰わないと見えて、また一段と声を張り上げて喚き散らしなさいます。これでもか、これでもかといった風に。それを辛抱《がまん》しかねた仲間の一人が、
「どうか少しお静かに願います。」
といったものです。すると、こちらの旦那衆が、
「何っ。」
と、いいさま、いきなり起上って拳《こぶし》を振り上げなさいましたので……。」
「何でも、へい、世間の噂には、江都の詩人汪先生は、友達が宋代とやらの詩を貶《けな》したからといって、えらく腹に据えかねて、いきり立って議論を吹っかけたので、近くの樹にとまっていた小鳥が、みんな逃げてしまったそうに聞きました。一体詩人というものは、みんな牛のように吼えるものと見えまして……。」
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