、賞金二百円が氏の許に送られました。Oさんはその半額を自分に与へてくれるやうに良人に強請《ねだ》りました。
「これだけあつたら、看護婦学校が卒業できるかと思ひます。そしたら貴方の介抱も思ふやうにできますから」
平尾氏は涙を流して喜びました。賞金の半分は分けられて、妻の懐中《ふところ》に入りました。Oさんはその翌日看護婦学校に入るといつて、手荷物を提げて家を出ました。――そして二度ともう良人の前にその姿を見せませんでした。
妻に逃げられたと知つてから、平尾氏の病気は急に昂進しました。そして息を引取る間際の最後の祈祷はかうでした。
「神よ、願はくばわが妻を忘れさせたまへ」
「神よ、願はくば妻を免したまへ」と祈らうとしても、どうしてもさうは祈り得られないで、掠《かす》めたやうな声で、「わが妻を忘れさせたまへ」といつた心を思ふと、痛はしくなります。
Oさんが薬代のために曲げたといつてゐたその着物は、まさかの時の用意に、一枚一枚と持ち出されて、実はその友達の家に預けられてゐたのでした。自分のものは何ひとつ失はず綺麗に持ち出したOさんは、京都を発ち際にその友達にいひました。
「私は最初の良人
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