《かなを》文淵堂主人に交渉しました。平尾氏はその頃角田氏や私などと一緒に、文淵堂の雑誌事業に関係してゐました。
「金の調達が隙《ひま》どつて、僕の東上が遅れるやうだつたら、Oは死ぬかも知れない。もしかそんなことがあつたら、Oを殺した責任の幾分は君にあるんだから」
といつたやうな交渉の仕振りなので、文淵堂主人は不承無精にその金を調達しなければなりませんでした。かういふと平尾氏は大のイゴイストのやうに聞えますが、(実際氏の友達のあるものは、氏をイゴイストだと思つてゐたやうでした)真実はさうではなく、正直で、一本気で、感情が昂じると、当の目的物以外に、他の思はくなどを構つてゐられない、持前の純な気性の現れに過ぎなかつたのでした。
その頃平尾氏の友達で、家と家との関係から、思ふ女と結婚ができないで苦しんでゐる人がありました。平尾氏はその解決策として、ある方法を友達に申し込みました。それは平尾氏がその女の良人《をつと》として婿入り(女は家の跡取娘でした)をし、恋人同志の縁が結ばれるまで、女の童貞を保護しようといふ案なので、そんな草双紙にでもあるやうな筋書が、すぐ行はれると思つてゐたところに、氏
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