野尻氏は公園をぶらつく度に、方々から頻りと月の出を調べてみたが、無学なお月様は、仲麿の歌なぞに頓着なく、いつも外《そ》つ方《ぽう》から珈琲皿のやうな円い顔をによつきりと覗《のぞ》けた。
「やつぱり間違だ。仲麿め、いい加減な茶羅《ちやら》つぽこを言つたのだな。」
 野尻氏は自分のやうな眼はしの利く批評家に出会つたら、仲麿もみじめなものだと思つて得意さうに微笑した。そして会ふ人ごとにそれを話した。すると大抵の人は、
「なる程な。」
と言つて感心したやうに首を傾《かし》げた。
 野尻氏に教へる。それは月が年が寄つたので、月も年がよると変な事になるものなのだ。ちやうど人のやうに……。



底本:「日本の名随筆58 月」作品社
   1987(昭和62)年8月25日第1刷発行
   1999(平成11)年4月30日第10刷発行
底本の親本:「完本 茶話 下巻」冨山房(百科文庫)
   1984(昭和59)年2月発行
入力:門田裕志
校正:大野 晋
2004年11月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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