無学なお月様
薄田泣菫
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)景色《けいしよく》が
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#ここから2字下げ]
−−
野尻精一氏は奈良女子高等師範の校長である。東京にゐる頃にはさうも思はなかつたが、住むでみると奈良は景色《けいしよく》がよく、景色《けいしよく》がよくないところには定《きま》つて古蹟があつて、遊ぶには恰好な土地だなと野尻氏は思つた。それにつけて、かういふ結構な土地に来て、鹿のやうに柔和で、鹿のやうに尻《し》つ尾《ぽ》の短い女学生を預つてゐる自分の身の幸福さを思ふらしかつた。
野尻氏は晩餐《ばんめし》がすむと、毎晩のやうに奈良公園へ散歩に出た。ある晩の事、いつものやうに女子教育の事を考へながら(ニイチエだつたか、女をしつけるには鞭を忘れるなと言つたが、野尻氏は鞭らしいものを持つてゐなかつた。多分忘れてゐたのに相違ない)公園のなかをぶらぶらしてゐた。すると、いつの間にか黛《くろ》ずんだ春日の杜《もり》にのつそりと大きな月があがつてゐた。
「や、月が出てゐる。ちやうど十五夜だな。」
と、
次へ
全4ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
薄田 泣菫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング