飛鳥寺
薄田泣菫
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)鷽《うそ》の
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私が飛鳥の里に來たのは、秋も半ばを過ぎて、そこらの雜木林は金のやうに黄いろく光つてゐた。つい門先の地面を仕切つた、猫の額ほどの畑には、蕎麥の花が白くこぼれてゐた。纖細な、薄紅い鷽《うそ》の脛のやうな莖が裾をからげたままで、寒さうに立つてゐる。程近い飛鳥神社の木立は、まばらに透いて見え、背伸びをすると、耳無し山が寒さにかじけたやうに背を圓めて、つつ伏してゐるのがついそこに見られる。
見窄《みすぼ》らしい安居院の屋根には、疫病やみのやうな鴉が一羽とまつて、をりをり頓狂な聲を出してそこらをきよろきよろ見まはしてゐる。お堂の入口には、野良猫の瘠せかじけたのがだらしなく身體を投げ出して、日向ぼつこをしてゐる。何處かでひゆうひゆうと口笛を吹くやうな渡鳥の聲が聞えてゐたが、それもいつの間にか默つてしまふと、四邊はひつそりしてそこらに散らばつた枯つ葉の寐返り一つ打つ音までが、はつきりと耳に響く……
私は以前何かの基礎だつたらしい、平べつたい石に凭れて、じつとそこらを見まはした。飛鳥の宮や元興寺
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