石を愛するもの
薄田泣菫

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)刺《とげ》の
−−

     一

 いろんなものを愛撫し尽した果が、石に来るといふことをよく聞いた。屠琴塢は多くの物を玩賞したが、一番好きなのは石だつた。一生かかつて奇石三十六枚を貯へ、それを三十六峰に見立てて、一つびとつ凝つた名前をつけ、客があるとそれを見せびらかせたものださうだ。鄭板橋はまた好んで石を描いたが、その石といふ石がみんな醜くて、ずばぬけて雄偉なのには、見る人がびつくりしたといふことだ。東坡が『石は文にして醜だ。』といつたのを思ひ合せると、石の醜さを描いたり、愛したりするところに、ほんたうに石を愛するものの本領が見えてゐる筈だ。

 宋代の書家として名声を馳せた米元章は、誰よりもすぐれて石を愛した人であつた。淮南軍の知事になつたとき、役所の庭にふしぎな、醜い形をした大きな石があるのを見て、大よろこびによろこび、早速衣冠をととのへてそれにお辞儀をした。そして
『兄弟。あなたにお目にかかつて、こんな嬉しいことはありません。』
 といつて、石を兄弟扱ひにしたものだ。この大げさな振舞が上
次へ
全5ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
薄田 泣菫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング