清浄心の芬香こそは、持前の大きな球根の髄から盛り上げてくる水仙の生命そのものなのである。
 どうかすると粉雪のちらつかうとする頃だけに、恋の媒介者である小蜂など、気まぐれにもここに訪れてこようとはしない。むかし、孟蜀にすぐれた術士があつた。この男は、画の道にかけてもかなり評判が高かつたので、ある時領主が召し出し、御殿の前庭の東隅で一つがひの野鵲の画を描かせたことがあつた。すると、どこからともなく色々の小鳥がその近くへ飛んできて、べちやくちやと口喧《くちやかま》しく騒ぎ立てた。それに驚いた領主は、さらにまたその頃花鳥画家として声名の高かつた黄筌《くわうせん》を召し出し、庭の西隅で同じやうに一つがひの野鵲を描かせたが、今度は別に何の不思議も起こらなかつた。領主はその理由を筌に訊ねた。
「おそれながら私の画は藝でございますが、あの男のは術の力でできあがってをりますので……」
 かういつて答へた黄筌の面《かほ》には、そんな小供|騙《だま》しのから騒ぎなどには頓着しない、真の藝術家にのみ見られる物静かな誇りがかがやいてゐたといふことだが、私は今水仙の純白な花びらに、小蜂の騒音などを少しも悦ばない
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