水仙の幻想
薄田泣菫

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)肥《ふと》り肉《じし》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)小供|騙《だま》し
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 すべての草木が冬枯れはてた後園の片隅に、水仙が五つ六つ花をつけてゐる。
 そのあるものは、肥《ふと》り肉《じし》の球根がむつちりとした白い肌もあらはに、寒々と乾いた土の上に寝転んだまま、牙彫《げぼ》りの彫物のやうな円みと厚ぽつたさとをもつて、曲りなりに高々と花茎と葉とを持ち上げてゐる。
 白みを帯びた緑の、女の指のやうにしなやかに躍つてゐる葉のむらがりと、爪さきで軽く弾《はじ》いたら、冴《さ》え切つた金属性の響でも立てさうな、金と銀との花の盞《さかづき》。
 その葉の面《おもて》に、盞の底に、寒さに顫《ふる》へる真冬の日かげと粉雪のかすかな溜息とが、溜つては消え、溜つては消えしてゐる。
 水仙は低く息づいてゐる。金と銀との花の盞から静かにこぼれ落ちる金と銀との花の芬香《ふんかう》は、大気の動きにつれて、音もなくあたりに浸《し》み透《とほ》り、また揺曳する。ぼろぼろに乾いたそこらの土は、土塊《つちく
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