のみではありません。名器の発見には、自分の眼がねひとつで、凡器のなかから藝術品を選りぬき、「実用」から「美」を取り出すといふ楽しみがありました。この富と楽しみとを得たいために、金森出雲守は小壺狩といふことを始めました。
 松井佐渡の主人細川忠興は、金森出雲守が山深いその領地から、世にも珍しい名器を掘り出したことを聞いて、もうぢつとしてゐられなくなりました。で、急に思ひ立つて自分でも、所領豊後国で小壺狩を催しました。
 しかし、案外なことには、豊後からは何ひとつ秀れた器は発見せられませんでした。狩り集めた多くのなかから、その筋のものがこれならと選りぬいたものも、忠興の眼からしては、つまらない凡器に過ぎませんでした。忠興は自分の前に行儀よく列べられた、数多い小壺のどれを見ても、おろかしく無表情なのに驚きました。
「おれは、今になつて初めて、わが所領が出雲守の領国に比べて、遥かに大きいことを知つたぞ。さもないと、かやうに沢山な凡器が、かくまはれてゐるはずはないのぢや」
 茶人としての失望を感じながらも、国守としての態度を失はなかつた、自分たちの主人の言葉に、皆は平和な笑ひを洩らしました。その時でした。松井佐渡守が戸棚の奥に忘れられてゐた、あの小壺を思ひ出しましたのは。
「殿、わたくし手許にも、かやうな小壺を一つ所持いたしてをります」佐渡守は、仲間喜平が薬師峠の一軒茶屋で手に入れた、小壺のいきさつを事細かに申し述べました。「夙《はや》くより御覧に入るべくは存じてゐましたが、作柄のつたない上に、永らく野人の手にかけました品ゆゑ……」
「作柄がつたないとは、誰が見てのことか」忠興は皮肉に訊きました。「佐渡、そちが眼では茶器の鑑定はむつかしからうぞ」
「恐れ入ります。でも、御覧に入れましたところで、お笑ひを蒙りますのは必定で……」
「達《た》つて所望いたす、すぐに持参いたすやうに」忠興は前にある小壺の列に、ちらと眼をくれながら、「この上凡作をいまひとつ加へたところで、おれが所領の大きさを知る上には、少しも差支へないのぢや」
 小壺は佐渡の屋敷からすぐに取り寄せられました。忠興は一目それを見ると、
「おう、これは……」
と言つたきり、そのまま座を立つて奥へ入りましたが、しばらくすると、礼服に着かへて出てきました。皆は不審さうな顔をして、ものものしい主君の身なりを眺めました。
「これは、名器に対する礼儀ぢや」
 忠興は言訳らしく言つて、あらためて小壺を手に取り上げました。
 かつきりした肩の張り、肩から胴へかけての照り、ふつくりした全体の肉もち、畳付の静かさ。――忠興の眼は、そんなものを貪るやうに味はつて、愉悦の飽満にこらへきれないやうでした。小壺に酔つたらしい、ほれぼれした主君の様子を、不思議さうに見まもつてゐる側近い人たちのなかで、一番驚いたのは松井佐渡守でした。自分が手にしたときには、見すぼらしい平凡な土器に過ぎなかつたものが、今主君の掌面に載せられてゐるのを見ると、うつとりと珠玉のやうに底光りを放つてゐます……
「天下一の瀬戸とはこれぢや。小壺狩でおれがさがしあてたいと思つたのも、これよりほかにはないはずぢや。佐渡、喜平とやらの眼がね羨ましく思ふぞ」
 忠興は小壺を下において、その畳付を味はふらしく、またひとしきり眺め廻してゐた。
「…………」
 佐渡守は黙つてお辞儀をしました。この道具に対する自分の眼ききの不馴れから、こんな恥しい目を見なければならないのかと思ふと、物を言ふのが怖ろしくなつたのでした。
 忠興は、かやうな名器を、山深い一軒茶屋から拾ひ出してきた喜平のほまれを思ふと、それが羨ましくなりました。自分がその道の巧者と家来の幾人かを使つて、大袈裟に国中を狩りつくしても、なほ見ることができなかつたものを、喜平は自分の眼ひとつで安々と捜《さぐ》り出してゐる。それは悪戯《いたづら》好きな運命が喜平をそこに連れ出したにもよることだが、いくら運命の連れ出しがあつたところで、喜平にそれを掴むだけの力がなかつたなら、どうすることもできなかつたはずである。よし佐渡守が言つたやうに、喜平にそんな力はない、ほんのまぐれ当りに当つたに過ぎないにしても、山深い一軒茶屋からこんな名器を見つけ出して、それと一緒に、後の世までも名を謳《うた》はれるといふのは、特別に運命に恵まれた男といつて差支へないはずである。利休七哲の随一人として、三十七万石の小倉城主として、自分はただこの名器の肩の張り、胴の照りといつたやうなものを見て味はふ、いはゆる観賞家の一人として踏み止まらなければならないのに比べて、喜平はこの名器の唯一の発見者である誉れをほしいままにしてゐる。そんなことが忍び得られるだらうか。
「仲間風情にしてやられて……」
 さう思ふと、忠興は嫉妬に似た気持を
前へ 次へ
全6ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
薄田 泣菫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング