生え繁った小笹の中をうそうそかき分けているのが眼につきました。その男は鰻釣が腰に下げているような魚籠を手に持っていました。博士は近寄って訊きました。
「何を捜してるんだね。」
「すっぽん捜してますのや。」その男は博士の顔を見上げるでもなく、そこらの石燈籠に話しかけるような調子で言いました。
「ほう、すっぽんをね。」
 博士はすっぽんの吸物はあまり嫌いでもなかったが、そのすっぽんがどんなところに棲んでいるかということはこれまでついぞ詮議したことがありませんでした。で、もしかこの男がすっぽんはそこらの木の枝に巣くっているものだと言ったら、すぐそれを信じたに相違なかったのでした。
 見ているうちに、件の男は小笹の蔭から一匹の怪物をつまみ出して、手早くそれを魚籠のなかへ投げ込みました。怪物は背には学者のように色の褪めた背広を着て、胸には実業家のようにだくだくのワイシャツを着ていました。それを見ると博士は言いました。
「おい、今のは蟇蛙じゃないか。」
「いいえ、すっぽんどっせ、あんたはん。」
 男は初めて振返って博士の顔を見ました。
「なに、蟇蛙だよ。出鱈目を言っては困るじゃないか。」
 博士は
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