桜の花
薄田泣菫
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)饒舌家《おしやべり》の
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桜こそは、春の花のうちで表現の最もすぐれたものの一つであります。しとしとと降り暮らす春の雨の冷たさに、やや紅みを帯びて悲しさうにうなだれた莟といふ莟が、一夜のうちに咲き揃つて、雨あがりの金粉をふり撒いたやうな朝の日光のなかで、明るくほがらかに笑つてゐる花の姿は、多くの植物に見るやうな、莟から花への発展といふよりも、むしろすばらしい跳躍であります。感激といふよりも、驚異であります。第二楽章なしに直に第三楽章への躍進であり、表現と高興との中心への侵入であります。蘇へる生命の歓びに、やつと新芽を吹いたばかりの草も、木も、饒舌家《おしやべり》の小鳥も、沈黙家《むつつりや》の獣も、さすらひ人の蝸牛も、地下労働者のもぐらもちも、みんな魔術にでもかかつたやうに、いい気持になつて夢を見てゐるなかに、この桜の花のみは、ながい三春の歓楽を僅二日三日の盃に盛つて、そこに白熱した生命の燃焼と豪奢の高興とを味ひつ
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