贋物
薄田泣菫

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)唯《たつた》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)村井|吉兵衛《きちべゑ》
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 村井|吉兵衛《きちべゑ》が伊達家の入札で幾万円とかの骨董物を買込んだといふ噂を伝へ聞いた男が、
「幾ら名器だつて何万円は高過ぎよう。それにそんな物を唯《たつた》一つ買つたところで、他《ほか》の持合せと調和が出来なからうぢやないか。」
といふと、吉兵衛は女と金の事しか考へた事のない頭を、勿体ぶつて一寸|掉《ふ》つてみせた。そして一言一句が五十銭づつの値段でもするやうに、出《だ》し惜《をし》みをするらしく緩《ゆつく》りした調子で、
「なに高い事は無いさ、幾万円払つた骨董が宅《うち》の土蔵にしまひ込んであるとなると、外《ほか》に沢山《どつさり》あるがらくた道具までが、そのお蔭で万更《まんざら》な物ぢや無からうといふ[#「いふ」は底本では「いう」]ので、自然|値《ね》が出て来ようといふものぢやないか。」
と言つて笑つたといふ談話《はなし》だ。
 今の富豪《かねもち》が高い金を惜しまないで骨董品を集めるなかには、かうして狡い考へをするのが少くない。唯骨董品ばかりでは無い。一人娘に華族の次男を聟養子《むこやうし》にするなぞもそれだが、多くの場合に骨董に贋物が多いやうに、聟養子にやくざ者が多いのはよくしたものだ。
 京都でさる知名の男が、自分の書斎を新築して立派に出来上つたが、さてその書斎の出来栄に調和するだけの額や軸物の持合せが少しも無い。買ひ集めるとなると、大枚の金が要る事だし、寧《いつ》そ贋物《がんぶつ》で辛抱したら、格安に出来上るだらうと、懸額《かけがく》から、軸物、屏風、床《とこ》の置物まで悉皆《すつかり》贋物《がんぶつ》で取揃へて、書斎の名まで贋物堂《がんぶつだう》と名づけて納まつてゐた。
 面白いのは、そこの主人が軸物よりも屏風よりも、もつと甚《ひど》い贋物《がんぶつ》である事だ。――京都の画家《ゑかき》が贋物《いかもの》を拵《こさ》へる事が巧《うま》いやうに、京都の女は贋物《いかもの》を産む事が上手だ。孰《いづ》れにしても立派な腕前である。



底本:「日本の名随筆 別巻9 骨董」作品社
   1991(平成3)年11月25日第1刷発行
   1999(平成11)年8月25日第6刷発行
底本の親本:「完本 茶話 上巻」冨山房
   1983(昭和58)年11月発行
※疑わしい箇所は、底本の親本を参考にしてあらためました。
入力:門田裕志
校正:高柳典子
2005年5月4日作成
2005年6月7日修正
青空文庫作成ファイル:
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終わり
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