社長の目から見れば、いつぱしの芸術家で、小刀のさきから熊の頭が生れ、尻つ尾がはえる調子が何ともいへずおもしろかつた。
ヒル氏は、見てゐるうちにいい事を考へついた。それは鉄道会社経営のホテルや、公園の休憩所のところどころに、この熊の彫刻をかざりつけておいたなら、どんなにか人目を楽ませるだらうといふことだつた。
『爺さん、幾らだね。これ。』
社長は杖のさきで出来上つた熊の彫りものを指さしながら訊いた。
『一つ五弗しますだ。』
印度人はせつせと小刀を動かしながら答へた。
『わしはこれを二三百欲しいと思ふのだが――』社長はこの見すぼらしい芸術家の救ひ主であるやうな満足さをもつて言つた。『それだけ註文すると、一つ幾らにしてくれるね。』
爺さんは初めて眼をあげて、自分の前に白樺の木のやうに立ちはだかつてゐる紳士の顔を見た。その眼にはやや当惑の色が見えた。
『そんなにどつさり註文してくれるなら、旦那さま、一つ七弗五十仙づつにしときますべえ。』
『七弗五十仙。それはまたなぜだ。』
『これ二三百もつくらんならんと思ふと、思ふだけでもいやになりますからの。』
底本:「日本の名随筆39 藝」作
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