うに……』
茶人は釜の価をきめておきたかつた。
『欠けたる摺鉢にても、時の間《ま》に合ふを茶道の本意とす。』
と、幾百年か前に言ひ遺した利休は実際えらかつた。摺鉢の欠けたのでも事は足りる茶の湯だつたから、道具はなるべく価の安い方がよかつた。
『いや、さうは往きません。』柏斎の返事は意外だつた。『前のと異《ちが》つてゐて、味があれに劣らないものでしたら、同じ値段でも出来ませうが、前のと同じ手のものを御註文でしたら値段は却つて前のよりかお高くつきませうて。』
『それはまた何故《なぜ》です。』
客は腑に落ちなささうに訊いた。
柏斎の返事ははつきりしてゐた。
『私は同じものをつくるのを好みませんから。』
アメリカの大北鉄道の社長ルイス・ヒル氏が、あるとき Glacier Park を散歩してゐると、薄暗い木蔭で年とつた一人の印度人が、有合せの木片で鳶色の熊をせつせと刻んでゐるのを見つけた。ヒル氏はその前に立ちとまつて、老人の仕事をぢつと見まもつてゐた。すべての素人は芸術家の仕事場をのぞきたがるもので、彼等はそこで手品の種を見つけることが出来ると信じてゐるのだ。この印度人も鉄道会社の
前へ
次へ
全4ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
薄田 泣菫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング