りとも、この縄の切れて二人離れ離れにおらんよりはとは、その時苦しきわが胸の奥なる心遣《こころや》りなりき。囓《か》まるるとも螫《さ》さるるとも、口縄の朽ち果つるまでかくてあらんと思い定めたるに、あら悲し。薔薇の花の紅《くれない》なるが、めらめらと燃え出《いだ》して、繋《つな》げる蛇を焼かんとす。しばらくして君とわれの間にあまれる一尋《ひとひろ》余りは、真中《まなか》より青き烟を吐いて金の鱗の色変り行くと思えば、あやしき臭《にお》いを立ててふすと切れたり。身も魂もこれ限り消えて失《う》せよと念ずる耳元に、何者かからからと笑う声して夢は醒《さ》めたり。醒めたるあとにもなお耳を襲う声はありて、今聞ける君が笑も、宵《よべ》の名残かと骨を撼《ゆる》がす」と落ち付かぬ眼を長き睫《まつげ》の裏に隠してランスロットの気色《けしき》を窺《うかが》う。七十五度の闘技に、馬の脊《せ》を滑《すべ》るは無論、鐙《あぶみ》さえはずせる事なき勇士も、この夢を奇《く》しとのみは思わず。快からぬ眉根は自《おのずか》ら逼《せま》りて、結べる口の奥には歯さえ喰い締《し》ばるならん。
「さらば行こう。後《おく》れ馳《ば》せに
前へ 次へ
全52ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング