《とおやなぎ》の枝が風に靡《なび》いて動く間《あいだ》に、忽《たちま》ち銀《しろがね》の光がさして、熱き埃《ほこ》りを薄く揚げ出す。銀の光りは南より北に向って真一文字にシャロットに近付いてくる。女は小羊を覘《ねら》う鷲《わし》の如くに、影とは知りながら瞬《またた》きもせず鏡の裏《うち》を見《み》詰《つむ》る。十|丁《ちょう》にして尽きた柳の木立《こだち》を風の如くに駈《か》け抜けたものを見ると、鍛え上げた鋼《はがね》の鎧《よろい》に満身の日光を浴びて、同じ兜《かぶと》の鉢金《はちがね》よりは尺に余る白き毛を、飛び散れとのみ※[#「参+毛」、第3水準1−86−45]々《さんさん》と靡かしている。栗毛《くりげ》の駒《こま》の逞《たくま》しきを、頭《かしら》も胸も革《かわ》に裹《つつ》みて飾れる鋲《びょう》の数は篩《ふる》い落せし秋の夜の星宿《せいしゅく》を一度に集めたるが如き心地である。女は息を凝らして眼を据《す》える。
曲がれる堤《どて》に沿うて、馬の首を少し左へ向け直すと、今までは横にのみ見えた姿が、真正面に鏡にむかって進んでくる。太き槍をレストに収めて、左の肩に盾《たて》を懸けたり。女は領《えり》を延ばして盾に描ける模様を確《しか》と見分けようとする体《てい》であったが、かの騎士は何の会釈もなくこの鉄鏡を突き破って通り抜ける勢《いきおい》で、いよいよ目の前に近づいた時、女は思わず梭《ひ》を抛《な》げて、鏡に向って高くランスロットと叫んだ。ランスロットは兜《かぶと》の廂《ひさし》の下より耀《かがや》く眼を放って、シャロットの高き台《うてな》を見上げる。爛々《らんらん》たる騎士の眼と、針を束《つか》ねたる如き女の鋭どき眼とは鏡の裡《うち》にてはたと出合った。この時シャロットの女は再び「サー・ランスロット」と叫んで、忽ち窓の傍《そば》に馳《か》け寄って蒼《あお》き顔を半ば世の中に突き出《いだ》す。人と馬とは、高き台の下を、遠きに去る地震の如くに馳け抜ける。
ぴちりと音がして皓々《こうこう》たる鏡は忽ち真二つに割れる。割れたる面《おもて》は再びぴちぴちと氷を砕くが如く粉《こな》微塵《みじん》になって室《しつ》の中に飛ぶ。七巻《ななまき》八巻《やまき》織りかけたる布帛《きぬ》はふつふつと切れて風なきに鉄片と共に舞い上る。紅の糸、緑の糸、黄の糸、紫の糸はほつれ、千切《ちぎ
前へ
次へ
全26ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング