人ばかり來て夕飯をくつて快談をして暮らしました。
廣島といふ所はどんな所か行つて見たい。廣島のものには僕の朋友が少々ある昔は大分つき合つたものだ。猫のうちにある甘木先生も廣島の人だ。毎日役々としてくらすのが人間の目的だとあきらめて仕舞つたが本もよめず、樂に坐つてる事も出來ないとなると一寸弱りますね。
もつと何かかゝうと思ふがいやになつたからやめ。
加計によろしく云つてくれ給へ。妻君は美人ですか。 以上
二月十一日紀元節朝
[#地から9字上げ]金
三重吉樣
三三八
明治三十九年四月十一日 午後十一時―十二時 本郷區駒込千駄木町五十七番地より廣島市江波村築島内鈴木三重吉へ
御手紙も小説も屆いて只今兩方とも拜見千鳥は傑作である。かう云ふ風にかいたものは普通の小説家に到底望めない。甚だ面白い。強いて難を云へば段落と順序が整然として居らん。第一回の藤さんと瀬川さんの會話が少々振はない。(其代りあとの會話は悉く活動して居る)。最後に舟を望んで藤さんを想像する所は少しくど過ぎる(其代り袂の貝をなげる所なぞはうまいものだ)。夫から法學士との問答もない方がいゝ。繪本の御姫さまは前後ともない方が明瞭である。尤もあれば妙な趣味は生ずる。壁の畫がね[#「ね」に「原」の注記]け出すのも考へものだ 以上は僕の感じたわるい方だがそれを除いては悉くうまい。會話といひ所作といひ仕草といひ悉く結構である。一つ二つ取り出して云ふとほかゞまづい樣になるから云はない。總體が活動して居る。僕が島へ遊びに行つて何かかかうとしても到底こんなには書けまい。三重吉君萬歳だ。そこで千鳥を此次のホトヽギスへ出さうと思ふが多分御異存はないだらう。構ひますまいな。尤も緒言はぬく積りだ。
どうか面白いものをもつと澤山かいて屁鉾文士を驚ろかして呉れ玉へ。僕多忙でこまる。昨日から講義をかきかけたら半ページ出來た。講義を書くより千鳥をよむ方が面白い。加計の縁談は破談とやら氣の毒な事だ藤さんでも貰つてやり玉へ。血統なんて構やしないよ。別嬪で※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]イオリンが上手ならわるい病氣なんか出やしない。大丈夫なものさ。先祖代々の血統を吟味したら日本中に確たる家柄は一軒もなくなる譯だ。序によろしく 以上
四月十一日夜
[#地から9字上げ]金
三重吉樣
三四〇
明治三十九年四月十五日 午前十一時―十二時 本郷區駒込千駄木町五十七番地より廣島市江波村築島内鈴木三重吉へ
拜啓二三日前君に手紙を出すと同時に虚子に手紙を出して名作が出來たと知らせてやつたら大將今日來て千鳥を朗讀した。そこで虚子大人の意見なるものを御參考の爲めに一寸申し上げる
○全篇を通じて會話が振つて居らん。藤さんのホヽヽヽが多過ぎる藤さんが田舍言葉で瀬川さんが田舍言葉で掛合をしたらもつと活動するかも知れん(※[#「漱」の「欠」に代えて「攵」、309−15][#「※」に「原」の注記]石曰く虚子の云ふ所一理あり。然し主人公が田舍言葉でやつつけたら下女や何かの田舍言葉が引き立つまい。但し全篇を通じて若い男女の會話はあまり上出來にあらずと思ふ)
○虚子曰く章坊の寫眞や電話は嶄新ならずもつと活動が欲しい(※[#「漱」の「欠」に代えて「攵」、310−1]石曰く章坊の寫眞も電話も寫生的に面白く出來て居る)
○女と男が池の處へしやがんで對話する所未だ室に入らず。且つ其景色が陳腐なり(※[#「漱」の「欠」が「攵」、310−3]石曰く會話はあの位で上の部なるべし。池の景色鮒の動靜悉く寫生なり陳腐ならず)
○虚子曰く若い男女が相會して互に思ふはありふれた趣向なり但二日間の出來事と云ふに重きを置いて、それを讀者にわからせる樣につとめた所がよし。(漱石曰く趣向は陳腐にもあらず又陳腐でなき事もなし要するに技倆如何にて極る。此篇の大缺點はどうしても作り物であるといふ疑を起す點にあり。然し所々に寫生的の分子多きために不自然を一寸忘れさせるが手際なり)
虚子曰く狐の話面白し全篇あの調子で行けばえらいものなり(漱石曰く全篇大概はあの調子なり)
要するに虚子は寫生文としては寫生足らず、小説としては結構足らずと主張す。漱石は普通の小説家に是程寫生趣味を解したるものなしと主張す。
以上は虚子の評なり。君は固より僕に示す丈の積りだらうが僕以外の人の説も參考に聞く方が將來の作の上に利益があると思ふから一寸報知する。虚子と云ふ男は文章に熱心だからこんな事を云ふので僕が名作を得たと前觸が大き過ぎた爲め却つて缺點を擧げる樣になつたので、いゝ點は認めて居るのである。
それで原稿は一度君の許諾を得た上でと思つたが虚子が持つて歸ると云つたからやりましたよ。尤
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