な氣※[#「諂のつくり+炎」、第3水準1−87−64]をふき出す方が面白い。來學年から是非出て來給へ
 明日丸山通一といふ獨乙語の先生の所へ午飯に呼ばれた。何の因縁か分らないがまづ御馳走になる方が得策だと思つて承引した。
 うれしきも悲しきも眼前の現象 月も花も刻下の風流。定業は何十年か知らないが、御駄佛となる迄はまづ/\此の如くであらうと思ふ 珍重
        三十八年大晦日の夜
[#地から8字上げ]金
     三重吉樣
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 今日野村傳四と上野を散歩したら、耶蘇教の戸外演説があつた。聞き手は一人もない。大晦日である。人間は衣食の爲めには狂氣じみた事も眞面目にやるものですな。其例澤山あり。
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          三一六
 明治三十九年二月十一日 午前十一時―十二時 本郷區駒込千駄木町五十七番地より廣島市猿樂町鈴木三重吉へ
 昨夜君の手紙がつきました。加計君が結婚をしたのは御目出たい。男爵の娘だなんてそんなものが山の中で役に立つでせうか。然しそれは餘計な事だ。とにかく御目出たい。君小説をかいたら送り玉へ。早く拜見仕りたい。近頃は色々な雜誌屋や何か來ていやになつて仕舞ふ。文章も作るひまがない。芝居は是からやるのですね。東京でも坪内さんの門下生がやりますよ。押入のなかで三味線をひくのは近世奇人傳にでもありそうだ。そんな事が出來れば病氣はまづ大丈夫ですね。猫の原書をかひにくるのは猫中の材料だ。色々な人があるものだ。大町といふ男が猫をよんで作者は氣の小さい陰氣な少し洒落氣のある男だと二度も三度も繰り返して居る。人民新聞といふのには僕が猫を作つて以來細君と仲が惡るくなつたとあるさうだ。すると高等學校で其きり拔きを大事に校長に御目にかける。内田魯庵といふ男は夏目君は金田夫人に談判されて迷惑して居るさうだとある男に話したさうだ。
 僕も此位有名になれば申分はないと思ふ。昔はこんな事が氣にかゝつて一々正誤しないと心持ちがわるかつた。今では却つて面白い心持ちがする。是から文章でもかいてながく居ると益僕の惡口をいふものが出て來ます。仕舞には漱石は昨日死んださうだ。いや瘋癲院へ這入つた。華族の御孃さんから惚れられたなんて妙なのが出て來るでせう
 今日は紀元節でいゝ天氣です、一昨日は雪でね。大變積つた。今日も道がわるい。昨夜は中川や何か四
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