板の間に並べてある本と、煖炉《だんろ》の上にある本と、机の上にある本と、書棚にある本を見廻した。せんだって「ロッチ」から古本の目録をよこした「ドッズレー」の「コレクション」がある。七十円は高いが欲い。それに製本が皮だからな。この前買った「ウァートン」の英詩の歴史は製本が「カルトーバー」で古色|蒼然《そうぜん》としていて実に安い掘出し物だ。しかし為替《かわせ》が来なくっては本も買えん、少々閉口するな、そのうち来るだろうから心配する事も入るまい、……ゴンゴンゴンそら鳴った。第一の銅鑼だ、これから起きて仕度をすると第二の「ゴング」が鳴る。そこでノソノソ下へ降りて行って朝食を食うのだよ。起きて股引を穿《は》きながら、子《ね》にふし銅鑼に起きはどうだろうと思って一人でニヤニヤと笑った。それから寝台を離れて顔を洗う台の前へ立った。これから御化粧が始まるのだ。西洋へ来ると猫が顔を洗うように簡単に行かんのでまことに面倒である。瓶《びん》の水をジャーと金盥《かなだらい》の中へあけてその中へ手を入れたがああしまった顔を洗う前に毎朝カルルス塩を飲まなければならないと気がついた。入れた手を盥から出した。拭くの
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