」という処へつく。今度は円太郎馬車で新宅の横町の前まで来た。「どれが内ですか」と聞いた。向うに雑な煉瓦造《れんがづく》りの長屋が四五軒並んでいる。前には何にもない。砂利を掘った大きな穴がある。東京の小石川辺の景色だ。長屋の端の一軒だけ塞《ふさ》がっていてあとはみんな貸家の札が張ってある。塞がっているのが大家さんの内でその隣が我輩の新下宿、彼らのいわゆる新パラダイスである。這入《はい》らない先から聞しに劣る殺風景な家だと思ったが、這入って見るとなおなお不風流だ。しかのみならずどの室にも荷物が抛《ほう》り込んであってまるで類焼後の立退場のようだ。ただ我輩の陣取るべき二階の一間だけが少しく方付《かたづい》てオラレブルになっている。以前の部屋よりも奇麗《きれい》だ。装飾もまず我慢できる。やがて亭主が出て来て窓掛をコツコツ打ちつける。ストーヴの上へ額をかけるが「ミッスルトー」という額はいかがです、あれは人によると嫌いますがちょっと御覧に入れましょうと云《いっ》て持って来て見せた。何でもない裸体画の美人だ。「ハハー裸体画ですな、結構です」と冗談《じょうだん》半分にいったら「へへへ私もちっとも構いま
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