少々廻り兼ねる善人なる故に I beg your pardon と云う代りにいつでも bedge pardon と云うからである。ベッジ・パードンは名のごとくいかにもベッジ・パードンである。しかし非常な能弁家で、彼の舌の先から唾液《だえき》を容赦なく我輩の顔面に吹きかけて話し立てる時などは滔々滾々《とうとうこんこん》として惜《おし》い時間を遠慮なく人に潰《つぶ》させて毫《ごう》も気の毒だと思わぬくらいの善人かつ雄弁家である。この善人にして雄弁家なるベッジパードンは倫敦《ロンドン》に生れながらまるで倫敦の事を御存じない。田舎《いなか》は無論御存じない。また御存じなさりたくもない様子だ。朝から晩まで晩から朝まで働き続けに働いてそれから四階のアッチックへ登って寝る。翌日日が出ると四階から天降《あまくだ》ってまた働き始める。息をセッセとはずまして――彼は喘息持《ぜんそくもち》である――はたから見るのも気の毒なくらいだ。さりながら彼は毫《ごう》も自分に対して気の毒な感じを持っておらぬ。Aの字かBの字か見当《けんとう》のつかぬ彼は少しも不自由らしい様子がない。我輩は朝夕この女聖人に接して敬慕の念に
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