け》遅れたのである。
 何とか彼《か》んとかして予備門へ入るには入ったが、惰《なま》けて居るのは甚《はなは》だ好きで少しも勉強なんかしなかった。水野錬太郎、今美術学校の校長をして居る正木直彦、芳賀矢一なども同じ級《クラス》だったが、是等《これら》は皆な勉強家で、自《おのずか》ら僕等の怠《なま》け者の仲間とは違って居て、其間に懸隔《けんかく》があったから、更に近づいて交際する様なこともなく全然《まるで》離れて居ったので、彼方《むこう》でも僕等の様な怠け者の連中は駄目な奴等だと軽蔑《けいべつ》して居たろうと思うが、此方《こちら》でも亦《また》試験の点|許《ばか》り取りたがって居る様な連中は共に談ずるに足らずと観じて、僕等は唯遊んで居るのを豪《えら》いことの如く思って怠けて居たものである。予備門は五年で、其中に予科が三年本科が二年となって居た。予科では中学へ毛の生えた様なことをするので、数学なども随分|沢山《たくさん》あり、生理学だの動物植物鉱物など皆な英語の本でやったものである。だから読む方の力は今の人達より進んで居た様に思われるが、然し生徒の気風に至っては実に乱暴なもので、それから見ると今の生徒は非常に温順《おとな》しい。皆な悪戯許《いたずらばか》りして居たものでストーヴ攻《ぜめ》などと云って、教室の教師の傍にあるストーヴへ薪《まき》を一杯くべ、ストーブが真赤になると共に漢学の先生などの真面目《まじめ》な顔が熱いので矢張《やは》りストーヴの如く真赤になるのを見て、クスクス笑って喜んで居た。数学の先生がボールドに向って一生懸命説明して居ると、後から白墨《チョーク》を以って其背中へ怪しげな字や絵を描いたり、又授業の始まる前に悉《ことごと》く教室の窓を閉めて真暗な処に静まり返って居て、入って来る先生を驚かしたり、そんなこと許《ばか》り嬉しがって居た。予科の方は三級、二級、一級となって居て、最初の三級は平均点の六十五点も貰《もら》ってやっとこさ通るには通ったが、矢張り怠《なま》けて居るから何にも出来ない。恰度《ちょうど》僕が二級の時に工部大学と外国語学校が予備門へ合併したので、学校は非常にゴタゴタして随分大騒ぎだった。それがだんだん進歩して現今の高等学校になったのであるが、僕は其時腹膜炎をやって遂々《とうとう》二級の学年試験を受けることが出来なかった。追試験を願ったけれど、合併の混雑やなんかで忙しかったと見え、教務係の人は少しも取合って呉《く》れないので、其処《そこ》で僕は大いに考えたのである。学課の方はちっとも出来ないし、教務係の人が追試験を受けさせて呉れないのも、忙しい為もあろうが、第一自分に信用がないからだ。信用がなければ、世の中へ立った処で何事も出来ないから、先《ま》ず人の信用を得なければならない。信用を得るには何《ど》うしても勉強する必要がある。と、こう考えたので、今迄の様にうっかりして居ては駄目だから、寧《いっ》そ初めからやり直した方がいいと思って、友達などが待って居て追試験を受けろと切《しき》りに勧《すす》めるのも聞かず、自分から落第して再び二級を繰返《くりかえ》すことにしたのである。人間と云うものは考え直すと妙なもので、真面目《まじめ》になって勉強すれば、今迄少しも分らなかったものも瞭然《はっきり》と分る様になる。前には出来なかった数学なども非常に出来る様になって、一日《あるひ》親睦会《しんぼくかい》の席上で誰は何科へ行くだろう誰は何科へ行くだろうと投票をした時に、僕は理科へ行く者として投票された位であった。元来僕は訥弁《とつべん》で自分の思って居ることが云えない性《たち》だから、英語などを訳しても分って居乍《いなが》らそれを云うことが出来ない。けれども考えて見ると分って居ることが云えないと云う訳はないのだから、何でも思い切って云うに限ると決心して、其後は拙《まず》くても構わずどしどし云う様にすると、今迄は教場などで云えなかったこともずんずん云うことが出来る。こんな風に落第を機としていろんな改革をして勉強したのであるが、僕の一身にとって此落第は非常に薬になった様に思われる。若《も》し其時落第せず、唯|誤魔化《ごまか》して許《ばか》り通って来たら今頃は何《ど》んな者になって居たか知れないと思う。
 前に云った様に自《みずか》ら落第して二級を繰返し、そして一級へ移ったのであるが、一級になるともう専門に依ってやるものも違うので、僕は二部の仏蘭西《フランス》語を択《えら》んだ。二部は工科で僕は又建築科を択んだがその主意が中々面白い。子供心に異《おつ》なことを考えたもので、其主意と云うのは先《ま》ずこうである。自分は元来変人だから、此儘《このまま》では世の中に容《い》れられない。世の中に立ってやって行くには何《ど》うしても根柢《こ
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