便を感ずる所をもって見ると、其他の人が価の如何《いかん》に拘《かか》わらず、毛筆を棄《す》てペンを棄てて此方《こちら》に向うのは向う必要があるからで、財力ある貴公子や道楽息子《どうらくむすこ》の玩具に都合のいい贅沢品《ぜいたくひん》だから売れるのではあるまい。
万年筆の丸善に於《おけ》る需要をそう解釈した余は、各種の万年筆の比較研究やら、一々の利害得失やらに就《つい》て一言の意見を述べる事の出来ないのを大いに時勢後れの如くに恥じた。酒呑《さけのみ》が酒を解する如く、筆を執《と》る人が万年筆を解しなければ済まない時期が来るのはもう遠い事ではなかろうと思う。ペリカン丈《だけ》の経験で万年筆は駄目だという僕が人から笑われるのも間もない事とすれば、僕も笑われない為に、少しは外《ほか》の万年筆も試してみる必要があるだろう。現に此原稿は魯庵《ろあん》君が使って見ろといってわざわざ贈って呉《く》れたオノトで書いたのであるが、大変心持よくすらすら書けて愉快であった。ペリカンを追い出した余は其姉妹に当るオノトを新らしく迎え入れて、それで万年筆に対して幾分か罪亡《つみほろ》ぼしをした積《つもり》なのであ
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