る所もない。しかし清は心配しているだろう。難船して死にやしないかなどと思っちゃ困るから、奮発《ふんぱつ》して長いのを書いてやった。その文句はこうである。
「きのう着いた。つまらん所だ。十五畳の座敷に寝ている。宿屋へ茶代を五円やった。かみさんが頭を板の間へすりつけた。夕べは寝られなかった。清が笹飴を笹ごと食う夢を見た。来年の夏は帰る。今日学校へ行ってみんなにあだなをつけてやった。校長は狸、教頭は赤シャツ、英語の教師はうらなり、数学は山嵐、画学はのだいこ。今にいろいろな事を書いてやる。さようなら」
 手紙をかいてしまったら、いい心持ちになって眠気《ねむけ》がさしたから、最前のように座敷の真中へのびのびと大の字に寝た。今度は夢も何も見ないでぐっすり寝た。この部屋かいと大きな声がするので目が覚めたら、山嵐がはいって来た。最前は失敬、君の受持ちは……と人が起き上がるや否や談判を開かれたので大いに狼狽《ろうばい》した。受持ちを聞いてみると別段むずかしい事もなさそうだから承知した。このくらいの事なら、明後日は愚《おろか》、明日《あした》から始めろと云ったって驚ろかない。授業上の打ち合せが済んだら、君はいつまでこんな宿屋に居るつもりでもあるまい、僕《ぼく》がいい下宿を周旋《しゅうせん》してやるから移りたまえ。外のものでは承知しないが僕が話せばすぐ出来る。早い方がいいから、今日見て、あす移って、あさってから学校へ行けば極りがいいと一人で呑み込んでいる。なるほど十五畳敷にいつまで居る訳にも行くまい。月給をみんな宿料《しゅくりょう》に払《はら》っても追っつかないかもしれぬ。五円の茶代を奮発《ふんぱつ》してすぐ移るのはちと残念だが、どうせ移る者なら、早く引き越《こ》して落ち付く方が便利だから、そこのところはよろしく山嵐に頼《たの》む事にした。すると山嵐はともかくもいっしょに来てみろと云うから、行った。町はずれの岡の中腹にある家で至極|閑静《かんせい》だ。主人は骨董《こっとう》を売買するいか銀と云う男で、女房《にょうぼう》は亭主《ていしゅ》よりも四つばかり年嵩《としかさ》の女だ。中学校に居た時ウィッチと云う言葉を習った事があるがこの女房はまさにウィッチに似ている。ウィッチだって人の女房だから構わない。とうとう明日から引き移る事にした。帰りに山嵐は通町《とおりちょう》で氷水を一|杯奢《ぱいおご》った。学校で逢った時はやに横風《おうふう》な失敬な奴だと思ったが、こんなにいろいろ世話をしてくれるところを見ると、わるい男でもなさそうだ。ただおれと同じようにせっかちで肝癪持《かんしゃくもち》らしい。あとで聞いたらこの男が一番生徒に人望があるのだそうだ。

     三

 いよいよ学校へ出た。初めて教場へはいって高い所へ乗った時は、何だか変だった。講釈をしながら、おれでも先生が勤まるのかと思った。生徒はやかましい。時々|図抜《ずぬ》けた大きな声で先生と云《い》う。先生には応《こた》えた。今まで物理学校で毎日先生先生と呼びつけていたが、先生と呼ぶのと、呼ばれるのは雲泥《うんでい》の差だ。何だか足の裏がむずむずする。おれは卑怯《ひきょう》な人間ではない。臆病《おくびょう》な男でもないが、惜《お》しい事に胆力《たんりょく》が欠けている。先生と大きな声をされると、腹の減った時に丸の内で午砲《どん》を聞いたような気がする。最初の一時間は何だかいい加減にやってしまった。しかし別段困った質問も掛《か》けられずに済んだ。控所《ひかえじょ》へ帰って来たら、山嵐がどうだいと聞いた。うんと単簡に返事をしたら山嵐は安心したらしかった。
 二時間目に白墨《はくぼく》を持って控所を出た時には何だか敵地へ乗り込《こ》むような気がした。教場へ出ると今度の組は前より大きな奴《やつ》ばかりである。おれは江戸《えど》っ子で華奢《きゃしゃ》に小作りに出来ているから、どうも高い所へ上がっても押《お》しが利かない。喧嘩《けんか》なら相撲取《すもうとり》とでもやってみせるが、こんな大僧《おおぞう》を四十人も前へ並《なら》べて、ただ一|枚《まい》の舌をたたいて恐縮《きょうしゅく》させる手際はない。しかしこんな田舎者《いなかもの》に弱身を見せると癖《くせ》になると思ったから、なるべく大きな声をして、少々巻き舌で講釈してやった。最初のうちは、生徒も烟《けむ》に捲《ま》かれてぼんやりしていたから、それ見ろとますます得意になって、べらんめい調を用いてたら、一番前の列の真中《まんなか》に居た、一番強そうな奴が、いきなり起立して先生と云う。そら来たと思いながら、何だと聞いたら、「あまり早くて分からんけれ、もちっと、ゆるゆる遣《や》って、おくれんかな、もし」と云った。おくれんかな[#「おくれんかな」に傍点]、もし[#「もし」に傍点]は生温《なまぬ》るい言葉だ。早過ぎるなら、ゆっくり云ってやるが、おれは江戸っ子だから君等《きみら》の言葉は使えない、分《わか》らなければ、分るまで待ってるがいいと答えてやった。この調子で二時間目は思ったより、うまく行った。ただ帰りがけに生徒の一人がちょっとこの問題を解釈をしておくれんかな、もし、と出来そうもない幾何《きか》の問題を持って逼《せま》ったには冷汗《ひやあせ》を流した。仕方がないから何だか分らない、この次教えてやると急いで引き揚《あ》げたら、生徒がわあと囃《はや》した。その中に出来ん出来んと云う声が聞《きこ》える。箆棒《べらぼう》め、先生だって、出来ないのは当り前だ。出来ないのを出来ないと云うのに不思議があるもんか。そんなものが出来るくらいなら四十円でこんな田舎へくるもんかと控所へ帰って来た。今度はどうだとまた山嵐が聞いた。うんと云ったが、うんだけでは気が済まなかったから、この学校の生徒は分らずやだなと云ってやった。山嵐は妙《みょう》な顔をしていた。
 三時間目も、四時間目も昼過ぎの一時間も大同小異であった。最初の日に出た級は、いずれも少々ずつ失敗した。教師ははたで見るほど楽じゃないと思った。授業はひと通り済んだが、まだ帰れない、三時までぽつ然《ねん》として待ってなくてはならん。三時になると、受持級の生徒が自分の教室を掃除《そうじ》して報知《しらせ》にくるから検分をするんだそうだ。それから、出席簿《しゅっせきぼ》を一応調べてようやくお暇《ひま》が出る。いくら月給で買われた身体《からだ》だって、あいた時間まで学校へ縛《しば》りつけて机と睨《にら》めっくらをさせるなんて法があるものか。しかしほかの連中はみんな大人《おとな》しくご規則通りやってるから新参のおればかり、だだを捏《こ》ねるのもよろしくないと思って我慢《がまん》していた。帰りがけに、君何でもかんでも三時|過《すぎ》まで学校にいさせるのは愚《おろか》だぜと山嵐に訴えたら、山嵐はそうさアハハハと笑ったが、あとから真面目《まじめ》になって、君あまり学校の不平を云うと、いかんぜ。云うなら僕《ぼく》だけに話せ、随分《ずいぶん》妙な人も居るからなと忠告がましい事を云った。四つ角で分れたから詳《くわ》しい事は聞くひまがなかった。
 それからうちへ帰ってくると、宿の亭主《ていしゅ》がお茶を入れましょうと云ってやって来る。お茶を入れると云うからご馳走《ちそう》をするのかと思うと、おれの茶を遠慮《えんりょ》なく入れて自分が飲むのだ。この様子では留守中《るすちゅう》も勝手にお茶を入れましょうを一人《ひとり》で履行《りこう》しているかも知れない。亭主が云うには手前は書画骨董《しょがこっとう》がすきで、とうとうこんな商買を内々で始めるようになりました。あなたもお見受け申すところ大分ご風流でいらっしゃるらしい。ちと道楽にお始めなすってはいかがですと、飛んでもない勧誘《かんゆう》をやる。二年前ある人の使《つかい》に帝国《ていこく》ホテルへ行った時は錠前《じょうまえ》直しと間違《まちが》えられた事がある。ケットを被《かぶ》って、鎌倉《かまくら》の大仏を見物した時は車屋から親方と云われた。その外|今日《こんにち》まで見損《みそくな》われた事は随分あるが、まだおれをつらまえて大分ご風流でいらっしゃると云ったものはない。大抵《たいてい》はなりや様子でも分る。風流人なんていうものは、画《え》を見ても、頭巾《ずきん》を被《かぶ》るか短冊《たんざく》を持ってるものだ。このおれを風流人だなどと真面目に云うのはただの曲者《くせもの》じゃない。おれはそんな呑気《のんき》な隠居《いんきょ》のやるような事は嫌《きら》いだと云ったら、亭主はへへへへと笑いながら、いえ始めから好きなものは、どなたもございませんが、いったんこの道にはいるとなかなか出られませんと一人で茶を注いで妙な手付《てつき》をして飲んでいる。実はゆうべ茶を買ってくれと頼《たの》んでおいたのだが、こんな苦い濃《こ》い茶はいやだ。一|杯《ぱい》飲むと胃に答えるような気がする。今度からもっと苦くないのを買ってくれと云ったら、かしこまりましたとまた一杯しぼって飲んだ。人の茶だと思って無暗《むやみ》に飲む奴《やつ》だ。主人が引き下がってから、明日の下読《したよみ》をしてすぐ寝《ね》てしまった。
 それから毎日毎日学校へ出ては規則通り働く、毎日毎日帰って来ると主人がお茶を入れましょうと出てくる。一週間ばかりしたら学校の様子もひと通りは飲み込めたし、宿の夫婦の人物も大概《たいがい》は分った。ほかの教師に聞いてみると辞令を受けて一週間から一ヶ月ぐらいの間は自分の評判がいいだろうか、悪《わ》るいだろうか非常に気に掛《か》かるそうであるが、おれは一向そんな感じはなかった。教場で折々しくじるとその時だけはやな心持ちだが三十分ばかり立つと奇麗《きれい》に消えてしまう。おれは何事によらず長く心配しようと思っても心配が出来ない男だ。教場のしくじりが生徒にどんな影響《えいきょう》を与《あた》えて、その影響が校長や教頭にどんな反応を呈《てい》するかまるで無頓着《むとんじゃく》であった。おれは前に云う通りあまり度胸の据《すわ》った男ではないのだが、思い切りはすこぶるいい人間である。この学校がいけなければすぐどっかへ行《ゆ》く覚悟《かくご》でいたから、狸《たぬき》も赤シャツも、ちっとも恐《おそろ》しくはなかった。まして教場の小僧《こぞう》共なんかには愛嬌《あいきょう》もお世辞も使う気になれなかった。学校はそれでいいのだが下宿の方はそうはいかなかった。亭主が茶を飲みに来るだけなら我慢もするが、いろいろな者を持ってくる。始めに持って来たのは何でも印材で、十《とお》ばかり並《なら》べておいて、みんなで三円なら安い物だお買いなさいと云う。田舎巡《いなかまわ》りのヘボ絵師じゃあるまいし、そんなものは入らないと云ったら、今度は華山《かざん》とか何とか云う男の花鳥の掛物《かけもの》をもって来た。自分で床《とこ》の間《ま》へかけて、いい出来じゃありませんかと云うから、そうかなと好加減《いいかげん》に挨拶《あいさつ》をすると、華山には二人《ふたり》ある、一人は何とか華山で、一人は何とか華山ですが、この幅《ふく》はその何とか華山の方だと、くだらない講釈をしたあとで、どうです、あなたなら十五円にしておきます。お買いなさいと催促《さいそく》をする。金がないと断わると、金なんか、いつでもようございますとなかなか頑固《がんこ》だ。金があつても買わないんだと、その時は追っ払《ぱら》っちまった。その次には鬼瓦《おにがわら》ぐらいな大硯《おおすずり》を担ぎ込んだ。これは端渓《たんけい》です、端渓ですと二|遍《へん》も三遍も端渓がるから、面白半分に端渓た何だいとキいたら、すぐ講釈を始め出した。端渓には上層中層下層とあって、今時のものはみんな上層ですが、これはたしかに中層です、この眼《がん》をご覧なさい。眼が三つあるのは珍《めず》らしい。溌墨《はつぼく》の具合も至極よろしい、試してご覧なさいと、おれの前へ大きな硯を突《つ》きつける。いくらだと聞くと、持主が支那《しな》から持っ
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