中一通り見巡《みま》わしてやった。みんなが驚《おど》ろいてるなかに野だだけは面白そうに笑っていた。おれの大きな眼《め》が、貴様も喧嘩をするつもりかと云う権幕で、野だの干瓢《かんぴょう》づらを射貫《いぬ》いた時に、野だは突然《とつぜん》真面目な顔をして、大いにつつしんだ。少し怖《こ》わかったと見える。そのうち喇叭が鳴る。山嵐もおれも喧嘩を中止して教場へ出た。

 午後は、先夜おれに対して無礼を働いた寄宿生の処分法についての会議だ。会議というものは生れて始めてだからとんと容子《ようす》が分らないが、職員が寄って、たかって自分勝手な説をたてて、それを校長が好い加減に纏《まと》めるのだろう。纏めるというのは黒白《こくびゃく》の決しかねる事柄《ことがら》について云うべき言葉だ。この場合のような、誰が見たって、不都合としか思われない事件に会議をするのは暇潰《ひまつぶ》しだ。誰が何と解釈したって異説の出ようはずがない。こんな明白なのは即座《そくざ》に校長が処分してしまえばいいに。随分《ずいぶん》決断のない事だ。校長ってものが、これならば、何の事はない、煮《に》え切《き》らない愚図《ぐず》の異名だ。

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