自慢《じまん》になるもんだとは、この時から始めて知った。泥棒《どろぼう》の稽古《けいこ》じゃあるまいし、当り前にするがいい。やがて始業の喇叭《らっぱ》がなった。山嵐はとうとう出て来ない。仕方がないから、一銭五厘を机の上へ置いて教場へ出掛《でか》けた。
授業の都合《つごう》で一時間目は少し後《おく》れて、控所へ帰ったら、ほかの教師はみんな机を控えて話をしている。山嵐もいつの間にか来ている。欠勤だと思ったら遅刻《ちこく》したんだ。おれの顔を見るや否や今日は君のお蔭で遅刻したんだ。罰金《ばっきん》を出したまえと云った。おれは机の上にあった一銭五厘を出して、これをやるから取っておけ。先達《せんだっ》て通町《とおりちょう》で飲んだ氷水の代だと山嵐の前へ置くと、何を云ってるんだと笑いかけたが、おれが存外|真面目《まじめ》でいるので、つまらない冗談《じょうだん》をするなと銭をおれの机の上に掃《は》き返した。おや山嵐の癖《くせ》にどこまでも奢る気だな。
「冗談じゃない本当だ。おれは君に氷水を奢られる因縁《いんえん》がないから、出すんだ。取らない法があるか」
「そんなに一銭五厘が気になるなら取ってもい
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