起すつもりで来たんじゃなかろうと妙《みょう》に常識をはずれた質問をするから、当《あた》り前《まえ》です、月給をもらったり、騒動を起したりしちゃ、学校の方でも困るでしょうと云った。すると赤シャツはそれじゃ昨日の事は君の参考だけにとめて、口外してくれるなと汗をかいて依頼《いらい》に及《およ》ぶから、よろしい、僕も困るんだが、そんなにあなたが迷惑ならよしましょうと受け合った。君|大丈夫《だいじょうぶ》かいと赤シャツは念を押《お》した。どこまで女らしいんだか奥行《おくゆき》がわからない。文学士なんて、みんなあんな連中ならつまらんものだ。辻褄《つじつま》の合わない、論理に欠けた注文をして恬然《てんぜん》としている。しかもこのおれを疑ぐってる。憚《はばか》りながら男だ。受け合った事を裏へ廻って反古《ほご》にするようなさもしい了見《りょうけん》はもってるもんか。
 ところへ両隣《りょうどな》りの机の所有主も出校したんで、赤シャツは早々自分の席へ帰って行った。赤シャツは歩《あ》るき方から気取ってる。部屋の中を往来するのでも、音を立てないように靴《くつ》の底をそっと落《おと》す。音を立てないであるくのが
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