かし教頭だけに野だよりむずかしい事を云《い》う。うちへ帰って、あいつの申し条を考えてみると一応もっとものようでもある。はっきりとした事は云わないから、見当がつきかねるが、何でも山嵐《やまあらし》がよくない奴だから用心しろと云うのらしい。それならそうとはっきり断言するがいい、男らしくもない。そうして、そんな悪《わ》るい教師なら、早く免職《めんしょく》さしたらよかろう。教頭なんて文学士の癖《くせ》に意気地《いくじ》のないもんだ。蔭口《かげぐち》をきくのでさえ、公然と名前が云えないくらいな男だから、弱虫に極《き》まってる。弱虫は親切なものだから、あの赤シャツも女のような親切ものなんだろう。親切は親切、声は声だから、声が気に入らないって、親切を無にしちゃ筋が違《ちが》う。それにしても世の中は不思議なものだ、虫の好かない奴が親切で、気のあった友達が悪漢《わるもの》だなんて、人を馬鹿《ばか》にしている。大方|田舎《いなか》だから万事東京のさかに行くんだろう。物騒《ぶっそう》な所だ。今に火事が氷って、石が豆腐《とうふ》になるかも知れない。しかし、あの山嵐が生徒を煽動するなんて、いたずらをしそうもない
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