なんで無愛想《ぶあいそ》のおれへ口を掛《か》けたんだろう。大方|高慢《こうまん》ちきな釣道楽で、自分の釣るところをおれに見せびらかすつもりかなんかで誘《さそ》ったに違いない。そんな事で見せびらかされるおれじゃない。鮪《まぐろ》の二匹や三匹釣ったって、びくともするもんか。おれだって人間だ、いくら下手《へた》だって糸さえ卸《おろ》しゃ、何かかかるだろう、ここでおれが行かないと、赤シャツの事だから、下手だから行ゥないんだ、嫌《きら》いだから行かないんじゃないと邪推《じゃすい》するに相違《そうい》ない。おれはこう考えたから、行きましょうと答えた。それから、学校をしまって、一応うちへ帰って、支度《したく》を整えて、停車場で赤シャツと野だを待ち合せて浜《はま》へ行った。船頭は一人《ひとり》で、船《ふね》は細長い東京辺では見た事もない恰好《かっこう》である。さっきから船中|見渡《みわた》すが釣竿《つりざお》が一本も見えない。釣竿なしで釣が出来るものか、どうする了見だろうと、野だに聞くと、沖釣《おきづり》には竿は用いません、糸だけでげすと顋を撫《な》でて黒人《くろうと》じみた事を云った。こう遣《や》り
前へ 次へ
全210ページ中67ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング