希望になったのだから致《いた》し方《かた》がないという意味を述べた。こんな嘘《うそ》をついて送別会を開いて、それでちっとも恥《はず》かしいとも思っていない。ことに赤シャツに至って三人のうちで一番うらなり君をほめた。この良友を失うのは実に自分にとって大なる不幸であるとまで云った。しかもそのいい方がいかにも、もっともらしくって、例のやさしい声を一層やさしくして、述べ立てるのだから、始めて聞いたものは、誰でもきっとだまされるに極《きま》ってる。マドンナも大方この手で引掛《ひっか》けたんだろう。赤シャツが送別の辞を述べ立てている最中、向側《むかいがわ》に坐っていた山嵐がおれの顔を見てちょっと稲光《いなびかり》をさした。おれは返電として、人指し指でべっかんこうをして見せた。
赤シャツが座に復するのを待ちかねて、山嵐がぬっと立ち上がったから、おれは嬉《うれ》しかったので、思わず手をぱちぱちと拍《う》った。すると狸を始め一同がことごとくおれの方を見たには少々困った。山嵐は何を云うかと思うとただ今校長始めことに教頭は古賀君の転任を非常に残念がられたが、私は少々反対で古賀君が一日《いちじつ》も早く当地
前へ
次へ
全210ページ中156ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング