がないと校長がお云いたげな」
「へん人を馬鹿《ばか》にしてら、面白《おもしろ》くもない。じゃ古賀さんは行く気はないんですね。どうれで変だと思った。五円ぐらい上がったって、あんな山の中へ猿のお相手をしに行く唐変木《とうへんぼく》はまずないからね」
「唐変木て、先生なんぞなもし」
「何でもいいでさあ、――全く赤シャツの作略《さりゃく》だね。よくない仕打《しうち》だ。まるで欺撃《だましうち》ですね。それでおれの月給を上げるなんて、不都合《ふつごう》な事があるものか。上げてやるったって、誰が上がってやるものか」
「先生は月給がお上りるのかなもし」
「上げてやるって云うから、断《こと》わろうと思うんです」
「何で、お断わりるのぞなもし」
「何でもお断わりだ。お婆さん、あの赤シャツは馬鹿ですぜ。卑怯《ひきょう》でさあ」
「卑怯でもあんた、月給を上げておくれたら、大人《おとな》しく頂いておく方が得ぞなもし。若いうちはよく腹の立つものじゃが、年をとってから考えると、も少しの我慢《がまん》じゃあったのに惜しい事をした。腹立てたためにこないな損をしたと悔《くや》むのが当り前じゃけれ、お婆の言う事をきいて、
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