。男と女はまた元の通りにあるき出した。おれは考えがあるから、急に全速力で追っ懸《か》けた。先方は何の気もつかずに最初の通り、ゆるゆる歩を移している。今は話し声も手に取るように聞える。土手の幅は六尺ぐらいだから、並んで行けば三人がようやくだ。おれは苦もなく後ろから追い付いて、男の袖《そで》を擦《す》り抜《ぬ》けざま、二足前へ出した踵《くびす》をぐるりと返して男の顔を覗《のぞ》き込《こ》んだ。月は正面からおれの五分|刈《がり》の頭から顋の辺《あた》りまで、会釈《えしゃく》もなく照《てら》す。男はあっと小声に云ったが、急に横を向いて、もう帰ろうと女を促《うな》がすが早いか、温泉《ゆ》の町の方へ引き返した。
赤シャツは図太くて胡魔化すつもりか、気が弱くて名乗り損《そく》なったのかしら。ところが狭くて困ってるのは、おればかりではなかった。
八
赤シャツに勧められて釣《つり》に行った帰りから、山嵐《やまあらし》を疑ぐり出した。無い事を種に下宿を出ろと云われた時は、いよいよ不埒《ふらち》な奴《やつ》だと思った。ところが会議の席では案に相違《そうい》して滔々《とうとう》と生徒|厳罰論
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