そんな不人情な事をしそうには思えないんだが――うつくしい人が不人情で、冬瓜《とうがん》の水膨《みずぶく》れのような古賀さんが善良な君子なのだから、油断が出来ない。淡泊《たんぱく》だと思った山嵐は生徒を煽動《せんどう》したと云うし。生徒を煽動したのかと思うと、生徒の処分を校長に逼《せま》るし。厭味《いやみ》で練りかためたような赤シャツが存外親切で、おれに余所《よそ》ながら注意をしてくれるかと思うと、マドンナを胡魔化《ごまか》したり、胡魔化したのかと思うと、古賀の方が破談にならなければ結婚は望まないんだと云うし。いか銀が難癖《なんくせ》をつけて、おれを追い出すかと思うと、すぐ野だ公が入《い》れ替《かわ》ったり――どう考えてもあてにならない。こんな事を清にかいてやったら定めて驚く事だろう。箱根《はこね》の向うだから化物《ばけもの》が寄り合ってるんだと云うかも知れない。
 おれは、性来《しょうらい》構わない性分だから、どんな事でも苦にしないで今日まで凌いで来たのだが、ここへ来てからまだ一ヶ月立つか、立たないうちに、急に世のなかを物騒《ぶっそう》に思い出した。別段際だった大事件にも出逢わないのに
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