ス寄ったって、これほど立派な旦那様《だんなさま》が出来るもんか。
「あなたはどっか悪いんじゃありませんか。大分たいぎそうに見えますが……」「いえ、別段これという持病もないですが……」
「そりゃ結構です。からだが悪いと人間も駄目ですね」
「あなたは大分ご丈夫《じょうぶ》のようですな」
「ええ瘠《や》せても病気はしません。病気なんてものあ大嫌いですから」
うらなり君は、おれの言葉を聞いてにやにやと笑った。
ところへ入口で若々しい女の笑声が聞《きこ》えたから、何心なく振《ふ》り返ってみるとえらい奴が来た。色の白い、ハイカラ頭の、背の高い美人と、四十五六の奥さんとが並《なら》んで切符《きっぷ》を売る窓の前に立っている。おれは美人の形容などが出来る男でないから何にも云えないが全く美人に相違ない。何だか水晶《すいしょう》の珠《たま》を香水《こうすい》で暖《あっ》ためて、掌《てのひら》へ握《にぎ》ってみたような心持ちがした。年寄の方が背は低い。しかし顔はよく似ているから親子だろう。おれは、や、来たなと思う途端《とたん》に、うらなり君の事は全然《すっかり》忘れて、若い女の方ばかり見ていた。すると、
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