らなり君は恐《おそ》れ入った体裁で、いえ構《かも》うておくれなさるな、と遠慮《えんりょ》だか何だかやっぱり立ってる。少し待たなくっちゃ出ません、草臥《くたび》れますからお懸けなさいとまた勧めてみた。実はどうかして、そばへ懸けてもらいたかったくらいに気の毒でたまらない。それではお邪魔《じゃま》を致《いた》しましょうとようやくおれの云う事を聞いてくれた。世の中には野だみたように生意気な、出ないで済む所へ必ず顔を出す奴もいる。山嵐のようにおれが居なくっちゃ日本《にっぽん》が困るだろうと云うような面を肩《かた》の上へ載《の》せてる奴もいる。そうかと思うと、赤シャツのようにコスメチックと色男の問屋をもって自ら任じているのもある。教育が生きてフロックコートを着ればおれになるんだと云わぬばかりの狸《たぬき》もいる。皆々《みなみな》それ相応に威張ってるんだが、このうらなり先生のように在れどもなきがごとく、人質に取られた人形のように大人《おとな》しくしているのは見た事がない。顔はふくれているが、こんな結構な男を捨てて赤シャツに靡《なび》くなんて、マドンナもよっぼど気の知れないおきゃんだ。赤シャツが何ダー
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