仮りにあやまるので、勘弁するのも仮りに勘弁するのだと思ってれば差《さ》し支《つか》えない。もし本当にあやまらせる気なら、本当に後悔するまで叩《たた》きつけなくてはいけない。
おれが組と組の間にはいって行くと、天麩羅《てんぷら》だの、団子《だんご》だの、と云う声が絶えずする。しかも大勢だから、誰《だれ》が云うのだか分らない。よし分ってもおれの事を天麩羅と云ったんじゃありません、団子と申したのじゃありません、それは先生が神経衰弱《しんけいすいじゃく》だから、ひがんで、そう聞くんだぐらい云うに極《き》まってる。こんな卑劣《ひれつ》な根性は封建時代から、養成したこの土地の習慣なんだから、いくら云って聞かしたって、教えてやったって、到底《とうてい》直りっこない。こんな土地に一年も居ると、潔白なおれも、この真似《まね》をしなければならなく、なるかも知れない。向《むこ》うでうまく言い抜《ぬ》けられるような手段で、おれの顔を汚《よご》すのを抛《ほう》っておく、樗蒲一《ちょぼいち》はない。向こうが人ならおれも人だ。生徒だって、子供だって、ずう体はおれより大きいや。だから刑罰《けいばつ》として何か返報をしてやらなくっては義理がわるい。ところがこっちから返報をする時分に尋常《じんじょう》の手段で行くと、向うから逆捩《さかねじ》を食わして来る。貴様がわるいからだと云うと、初手から逃《に》げ路《みち》が作ってある事だから滔々《とうとう》と弁じ立てる。弁じ立てておいて、自分の方を表向きだけ立派にしてそれからこっちの非を攻撃《こうげき》する。もともと返報にした事だから、こちらの弁護は向うの非が挙がらない上は弁護にならない。つまりは向うから手を出しておいて、世間体はこっちが仕掛けた喧嘩《けんか》のように、見傚《みな》されてしまう。大変な不利益だ。それなら向うのやるなり、愚迂多良童子《ぐうたらどうじ》を極め込んでいれば、向うはますます増長するばかり、大きく云えば世の中のためにならない。そこで仕方がないから、こっちも向うの筆法を用いて捕《つら》まえられないで、手の付けようのない返報をしなくてはならなくなる。そうなっては江戸《えど》っ子も駄目《だめ》だ。駄目だが一年もこうやられる以上は、おれも人間だから駄目でも何でもそうならなくっちゃ始末がつかない。どうしても早く東京へ帰って清《きよ》といっしょになるに限る。こんな田舎《いなか》に居るのは堕落《だらく》しに来ているようなものだ。新聞配達をしたって、ここまで堕落するよりはましだ。
こう考えて、いやいや、附《つ》いてくると、何だか先鋒《せんぽう》が急にがやがや騒《さわ》ぎ出した。同時に列はぴたりと留まる。変だから、列を右へはずして、向うを見ると、大手町《おおてまち》を突《つ》き当って薬師町《やくしまち》へ曲がる角の所で、行き詰《づま》ったぎり、押《お》し返したり、押し返されたりして揉《も》み合っている。前方から静かに静かにと声を涸《か》らして来た体操教師に何ですと聞くと、曲り角で中学校と師範《しはん》学校が衝突《しょうとつ》したんだと云う。
中学と師範とはどこの県下でも犬と猿《さる》のように仲がわるいそうだ。なぜだかわからないが、まるで気風が合わない。何かあると喧嘩をする。大方|狭《せま》い田舎で退屈《たいくつ》だから、暇潰《ひまつぶ》しにやる仕事なんだろう。おれは喧嘩は好きな方だから、衝突と聞いて、面白半分に馳《か》け出して行った。すると前の方にいる連中は、しきりに何だ地方税の癖《くせ》に、引き込めと、怒鳴《どな》ってる。後ろからは押せ押せと大きな声を出す。おれは邪魔《じゃま》になる生徒の間をくぐり抜けて、曲がり角へもう少しで出ようとした時に、前へ! と云う高く鋭《するど》い号令が聞《きこ》えたと思ったら師範学校の方は粛粛《しゅくしゅく》として行進を始めた。先を争った衝突は、折合がついたには相違《そうい》ないが、つまり中学校が一歩を譲《ゆず》ったのである。資格から云うと師範学校の方が上だそうだ。
祝勝の式はすこぶる簡単なものであった。旅団長が祝詞を読む、知事が祝詞を読む、参列者が万歳《ばんざい》を唱える。それでおしまいだ。余興は午後にあると云う話だから、ひとまず下宿へ帰って、こないだじゅうから、気に掛《かか》っていた、清への返事をかきかけた。今度はもっと詳《くわ》しく書いてくれとの注文だから、なるべく念入《ねんいり》に認《したた》めなくっちゃならない。しかしいざとなって、半切《はんきれ》を取り上げると、書く事はたくさんあるが、何から書き出していいか、わからない。あれにしようか、あれは面倒臭《めんどうくさ》い。これにしようか、これはつまらない。何か、すらすらと出て、骨が折れなくって、そうして清が面白がるようなも
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