ラ頭、乗るは自転車、弾くはヴァイオリン、半可《はんか》の英語でぺらぺらと、I am glad to see you と唄うと、博物はなるほど面白い、英語入りだねと感心している。
山嵐は馬鹿に大きな声を出して、芸者、芸者と呼んで、おれが剣舞《けんぶ》をやるから、三味線を弾けと号令を下した。芸者はあまり乱暴な声なので、あっけに取られて返事もしない。山嵐は委細構わず、ステッキを持って来て、踏破千山万岳烟《ふみやぶるせんざんばんがくのけむり》と真中《まんなか》へ出て独りで隠《かく》し芸を演じている。ところへ野だがすでに紀伊《き》の国を済まして、かっぽれを済まして、棚《たな》の達磨《だるま》さんを済して丸裸《まるはだか》の越中褌《えっちゅうふんどし》一つになって、棕梠箒《しゅろぼうき》を小脇に抱《か》い込んで、日清談判|破裂《はれつ》して……と座敷中練りあるき出した。まるで気違《きちが》いだ。
おれはさっきから苦しそうに袴も脱《ぬ》がず控えているうらなり君が気の毒でたまらなかったが、なんぼ自分の送別会だって、越中褌の裸踴《はだかおどり》まで羽織袴で我慢《がまん》してみている必要はあるまいと思ったから、そばへ行って、古賀さんもう帰りましょうと退去を勧めてみた。するとうらなり君は今日は私の送別会だから、私が先へ帰っては失礼です、どうぞご遠慮《えんりょ》なくと動く景色もない。なに構うもんですか、送別会なら、送別会らしくするがいいです、あの様をご覧なさい。気狂会《きちがいかい》です。さあ行きましょうと、進まないのを無理に勧めて、座敷を出かかるところへ、野だが箒を振り振り進行して来て、やご主人が先へ帰るとはひどい。日清談判だ。帰せないと箒を横にして行く手を塞《ふさ》いだ。おれはさっきから肝癪《かんしゃく》が起っているところだから、日清談判なら貴様はちゃんちゃんだろうと、いきなり拳骨《げんこつ》で、野だの頭をぽかりと喰《く》わしてやった。野だは二三秒の間毒気を抜かれた体《てい》で、ぼんやりしていたが、おやこれはひどい。お撲《ぶ》ちになったのは情ない。この吉川をご打擲《ちょうちゃく》とは恐れ入った。いよいよもって日清談判だ。とわからぬ事をならべているところへ、うしろから山嵐が何か騒動《そうどう》が始まったと見てとって、剣舞をやめて、飛んできたが、このていたらくを見て、いきなり頸筋《くびすじ》をうんと攫《つか》んで引き戻《もど》した。日清……いたい。いたい。どうもこれは乱暴だと振りもがくところを横に捩《ねじ》ったら、すとんと倒《たお》れた。あとはどうなったか知らない。途中《とちゅう》でうらなり君に別れて、うちへ帰ったら十一時過ぎだった。
十
祝勝会で学校はお休みだ。練兵場《れんぺいば》で式があるというので、狸《たぬき》は生徒を引率して参列しなくてはならない。おれも職員の一人《ひとり》としていっしょにくっついて行くんだ。町へ出ると日の丸だらけで、まぼしいくらいである。学校の生徒は八百人もあるのだから、体操の教師が隊伍《たいご》を整えて、一組一組の間を少しずつ明けて、それへ職員が一人か二人《ふたり》ずつ監督《かんとく》として割り込《こ》む仕掛《しか》けである。仕掛《しかけ》だけはすこぶる巧妙《こうみょう》なものだが、実際はすこぶる不手際である。生徒は小供《こども》の上に、生意気で、規律を破らなくっては生徒の体面にかかわると思ってる奴等《やつら》だから、職員が幾人《いくたり》ついて行ったって何の役に立つもんか。命令も下さないのに勝手な軍歌をうたったり、軍歌をやめるとワーと訳もないのに鬨《とき》の声を揚《あ》げたり、まるで浪人《ろうにん》が町内をねりあるいてるようなものだ。軍歌も鬨の声も揚げない時はがやがや何か喋舌《しゃべ》ってる。喋舌らないでも歩けそうなもんだが、日本人はみな口から先へ生れるのだから、いくら小言を云《い》ったって聞きっこない。喋舌るのもただ喋舌るのではない、教師のわる口を喋舌るんだから、下等だ。おれは宿直事件で生徒を謝罪さして、まあこれならよかろうと思っていた。ところが実際は大違《おおちが》いである。下宿の婆《ばあ》さんの言葉を借りて云えば、正に大違いの勘五郎《かんごろう》である。生徒があやまったのは心《しん》から後悔《こうかい》してあやまったのではない。ただ校長から、命令されて、形式的に頭を下げたのである。商人が頭ばかり下げて、狡《ずる》い事をやめないのと一般で生徒も謝罪だけはするが、いたずらは決してやめるものでない。よく考えてみると世の中はみんなこの生徒のようなものから成立しているかも知れない。人があやまったり詫《わ》びたりするのを、真面目《まじめ》に受けて勘弁するのは正直過ぎる馬鹿《ばか》と云うんだろう。あやまるのも
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