知らせろ。――田舎者は人がわるいそうだから、気をつけてひどい目に遭《あ》わないようにしろ。――気候だって東京より不順に極ってるから、寝冷《ねびえ》をして風邪を引いてはいけない。坊っちゃんの手紙はあまり短過ぎて、容子がよくわからないから、この次にはせめてこの手紙の半分ぐらいの長さのを書いてくれ。――宿屋へ茶代を五円やるのはいいが、あとで困りゃしないか、田舎へ行って頼《たよ》りになるはお金ばかりだから、なるべく倹約《けんやく》して、万一の時に差支《さしつか》えないようにしなくっちゃいけない。――お小遣《こづかい》がなくて困るかも知れないから、為替《かわせ》で十円あげる。――先《せん》だって坊っちゃんからもらった五十円を、坊っちゃんが、東京へ帰って、うちを持つ時の足しにと思って、郵便局へ預けておいたが、この十円を引いてもまだ四十円あるから大丈夫だ。――なるほど女と云うものは細かいものだ。
 おれが椽鼻で清の手紙をひらつかせながら、考え込《こ》んでいると、しきりの襖《ふすま》をあけて、萩野のお婆さんが晩めしを持ってきた。まだ見てお出《い》でるのかなもし。えっぽど長いお手紙じゃなもし、と云ったから、ええ大事な手紙だから風に吹かしては見、吹かしては見るんだと、自分でも要領を得ない返事をして膳《ぜん》についた。見ると今夜も薩摩芋《さつまいも》の煮《に》つけだ。ここのうちは、いか銀よりも鄭寧《ていねい》で、親切で、しかも上品だが、惜《お》しい事に食い物がまずい。昨日も芋、一昨日《おととい》も芋で今夜も芋だ。おれは芋は大好きだと明言したには相違ないが、こう立てつづけに芋を食わされては命がつづかない。うらなり君を笑うどころか、おれ自身が遠からぬうちに、芋のうらなり先生になっちまう。清ならこんな時に、おれの好きな鮪《まぐろ》のさし身か、蒲鉾《かまぼこ》のつけ焼を食わせるんだが、貧乏《びんぼう》士族のけちん坊《ぼう》と来ちゃ仕方がない。どう考えても清といっしょでなくっちあ駄目《だめ》だ。もしあの学校に長くでも居る模様なら、東京から召《よ》び寄《よ》せてやろう。天麩羅|蕎麦《そば》を食っちゃならない、団子を食っちゃならない、それで下宿に居て芋ばかり食って黄色くなっていろなんて、教育者はつらいものだ。禅宗《ぜんしゅう》坊主だって、これよりは口に栄耀《えよう》をさせているだろう。――おれは一皿の
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